
中盤の時間帯、丸野一樹がニコニコと歩み寄ってきた。「足は十分です」。試運転をして、感触はかなり良かったようだ。実際は定松勇樹など、上位の仕上がりはいたかもしれない。しかし、戦うには十分の足。これは、峰竜太がクラシック優勝戦を前に語っていたことと奇しくも同じ言葉である。上はいたとしても、逃げ切るには十分の足。それをしっかりと認識できているというのは、実は大きいことだ。
あとは、初めてのSG優勝戦1号艇を戦う、メンタルのほうだ。表彰式でも口にしていたが、丸野は「朝から胸がギュッとしてます」と言った。緊張はまだほとんどしていないと言ってもいたが、いや、それがもう緊張感の証しである。ただ、丸野はしっかりそれを自覚していたというのが重要で、重圧に圧し潰されて失敗するようなことはないだろうな、そう思った。もちろんレースになれば何が起こるかはわからない。そのとき吹いていた向かい風が追い風に変わったら嫌ですねえ、と丸野自身も言っていたのだが、そうした気象の変動はありうることだ。それでも、初体験の白カポックでいちばん心配なのは、やはり重圧に搦めとられること。少なくともそれはないだろうな、と僕は感じたのだった。

レースぶりを見れば、その通りだったということになるだろう。ハナを切るスタートから、文字通りまくらせず差させずの完勝逃げ。スタートも、ターンも、その後も、ほとんど瑕疵のない戦いを丸野はやってのけた。まさに十分の足だっただろうし、技量を十二分に出し切ったし、そうしたもろもろの勝因になるであろう事象は、丸野がしっかりと緊張し、しかしそれに負けることなく戦って引き出したものだ。終わってみれば危なげのない勝利、それを掴むことができたのはこの立場に真っ向から向き合って、逃げなかった丸野の強い気持ちがそうさせたのだと僕は思う。

ピットに戻ってきた丸野は、ひたすら笑顔を振りまいていた。もしかしたら涙も、と想像していたが、少なくともピットではそんな顔は見せていない。いや、守田俊介なのか馬場貴也なのかに何か突っ込まれて、目頭を押さえる瞬間はあった。後で振り返ったところによると、勝利を確信した瞬間から、涙が出てきたのだそうだ。SGで結果を出せてこれなかったことで、自分は獲れないのではないかと疑ったこともあった。しかしかなえた瞬間、スタンドには立錐の余地もなく駆けつけたファンたちがいて、自分を祝福していた。その光景を目に感慨がこみ上げる。なるほど、涙が出るシチュエーションだ。だから、間近で出迎えた先輩たちには涙目がバレていたのだろう。それでも、その後の丸野はただただ笑顔。まさにマルちゃんスマイル満開の、レース後だったのである。


言うまでもなく、水神祭でも笑顔爆発! そうです、SG初優勝だからもちろん水神祭です! 滋賀支部、同世代の大阪勢、さらに静岡支部の面々が表彰式や記者会見などが終わるまで居残ってくれて、丸野を祝福したわけです! 一緒に飛び込んだのは、馬場貴也、遠藤エミ、上條暢嵩、山崎郡、高憧四季。あら、四季ちゃん水神祭2回乗りですか! 守田俊介は、菊地孝平らにさんざん「押すなよ!」と繰り返していたので、フリに違いないと思ったのですが、結局飛び込まずじまいでした。菊地もフリなのかそうじゃないのか迷ってましたよ(笑)。

いったん陸に上がって記念撮影やインタビューなどを受けた丸野を、上條と山崎が待ち構える。そして最後に3人でダイブ! 近畿地区同士であり、同世代であり、まさに盟友と言える間柄だ。そして、次はノブさん、グンちゃん、あなたたちの番だ! 3人で飛び込んだことは、きっと今後の彼らの大仕事につながっていくと信じます。

さて、心配している方も少なくないと思うのだが、2周2マークで激しい接触があった。2番手を走っていた定松勇樹に、山田康二と佐藤翼が競り合いながら突っ込んで、山田のボートが定松の体に接触。定松は最後方まで下がってしまっている(山田と佐藤は不良航法)。ピットにあがると、山田と佐藤は顔面蒼白で定松のもとに駆けつけているが、そのとき定松はボートから降りられずに操縦席でうずくまっていた。担架も運ばれてくるほど緊張は走ったが、しばらくすると師匠である峰竜太の手を借りて自力でボートを降り、医務室に向かった。左腕を押さて、峰に支えられつつ歩く定松。声をあげて大号泣しながら……。、あとで峰に尋ねたところ、「次節は無理そうです。骨折していなければいいんだけど……」。定松にとっては体の痛みもそうだろうし、また2番手を走りながら後退せざるをえなかったことの痛みもそうだろうし、つらい優勝戦になってしまった。師匠だってさんざん涙を流して強くなった。だからきっと、その涙が定松をさらに強くすると信じたい。とにかく、早く傷を癒してほしいと願う。鳴門で、元気な顔を見たい。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)