「行けっ!」
10Rがピットアウトし、6艇が2マークに到達する頃、ピットにはそんな声が響いている。声の主は鎌田義。声が向けられたのは、6号艇の森高一真だ。スタート展示では2コースを奪っていた森高。カマギーは「本番でも行け!」と檄を飛ばしたわけだ。
水面では、5号艇の濱野谷憲吾が突っ張っていた。黙って譲ったら6コース(展示がそうだった)。濱野谷としてもここは意地の見せどころだ。森高は2コースに入れそうになく、だからカマギーは「もっと行かんかいっ!」とさらに檄を飛ばした。結果、森高は3コース。カマギーの思いは届かず、そして結果も出すことができなかった。
ピットに戻り、顔をゆがませる森高には、カマギーをはじめ、仲間の選手が慰めの言葉をかけていた。もちろん、同期の湯川浩司も同様だった。
一方で、湯川には勝った田村隆信への祝福の思いもある。慰めの意味で森高の肩をポンと叩いた手で、湯川は田村の肩をおめでとうの意味でポンと叩いた。
そう、田村は4コースから見事に勝った! 会見では「消極的なレースをしてしまったな」とコースを主張しなかったことに複雑な思いを抱いていたようだが、しかし勝ちは勝ち! 11R後に井口佳典が「10Rで田村がいいレースをしたので気合が入った」と言っていたように、それは仲間に力を与える快勝でもあった。
11Rを特別な思いで見守ったのは、おそらく新田雄史のはずだ。
師匠・井口佳典がいる。同期・篠崎元志がいる。新田にとっては特別なメンバー構成となった11R、二人の健闘を願う思いを抱いて、目の前でその戦いに念を送りたかったのだろう。
篠崎が逃げ、井口が続く。ピットに戻った篠崎を出迎えたのは、もちろん福岡勢だ。惜しくも予選落ちを喫した岡崎恭裕が、微笑を浮かべて篠崎を見つめる。優勝戦に駒を進めた盟友を見て、自分が同じ場に立てない悔しさを感じてもいたはずだが、しかし祝福の気持ちは当然ある。それに刺激を受ける自分も、たしかに岡崎のなかには存在していたはずだ。
井口を出迎えたのはもちろん新田(彼にとっては最高の結果となった!)。並んでボート洗浄をしながら、自然と表情は緩んでいく。カマギーも井口を笑顔で祝福。さらに松井繁も遅れて、井口のもとに歩み寄っている。そして、先に優出を決めた田村隆信も。85期の卒業記念レースで優勝戦ワンツーを決めたのがこの二人。そして、これが初めてのSG優勝戦揃い踏みである。銀河系軍団を牽引してきた二人が、ついにSG優勝戦で出会った。お互いに感慨深い思いはあるはずである。
12Rで特別な思いがあったとするなら、出走の当事者である太田和美と丸岡正典ではなかったか。1号艇と2号艇に入り、ワンツーを決めた。それは、初めての師弟SG優出を決めた瞬間でもある。レース後、ボートリフトでも隣に並んだ二人は、そっと拳を合わせて喜びを分かち合っている。自分たちの勝利は同時に盟友とも言える田中信一郎と湯川浩司を蹴落とすことでもあるので、その歓喜は抑え目だった二人ではある。それでも、この結果はお互いにとって特別なものであることは間違いない。
これで太田和美は連覇に王手をかけた! 今年は1号艇での優出、誰もが連覇の可能性がぐぐぐっと高まったと考えているだろう。
「明日は3の3でしょう、ぬはははは」
会見でそう笑ったのは、丸岡である。SGは2優出2優勝。「なんせ100%ですからね、ぬはははは」と、丸岡は勝利宣言、なのである。「(太田さんの)連覇、阻止したいですねえ」とまた笑う丸岡。丸ちゃんの会見は、本当に素敵だ。だが、これは単なる優勝宣言ではない。その真意は
「(太田の連覇を阻止する人が出るなら)それは自分じゃなきゃ嫌ですね」
もちろん自分が優勝したい。だが、もし自分が優勝できないなら、師匠の連覇であってほしい。とうとう辿り着いた師弟優出を、弟子のほうは重くとらえ、思い入れを深めているのだ。
太田のほうは、僕もすでに書いているように、まずは連覇を大きく取り沙汰される立場である。それが簡単でないこともわかっているし、1号艇だからといって安心などできないことも理解している。それだけに、淡々とその事実を受け止めて、明日の健闘を誓うのみ。「マスコミさんは書きやすいでしょうから、書いてもらってもいいんですけど」と泰然としてもいるが、同時にそのプレッシャーの大きさを覚悟もしているだろう。
「奈良の選手は少ないのに、2人も乗ったんですからねえ。奈良の引き上げのためにも、ワンツー決めたい……これくらいでどうですか?(笑)」
太田自身も、弟子と優出できたことは嬉しいことだ。だが、ただでさえプレッシャーがかかる1号艇であるうえに、さまざまな“雑音”もまといついている。それと戦って自分のレースをすることが、太田にとっての最優先事項なのである。
さて、明日、地元の思いを一身に背負うことになったのが、赤岩善生である。2着に敗れたことは悔しい。会見ではその敗因や、レースに臨んでの戦略や、レース展開での反省点や、自身の足色を実に詳細に丁寧に語った赤岩である。
だが、その敗戦が、また言葉を紡いで敗戦と向き合うことが、赤岩のハートにさらに強く火をつけているようにも感じられた。
「公開勝利者インタビューに行くと、ファンの方の声援が本当に温かい。ああ地元だなあ、と改めて思った」
11Rで池田浩二が敗れたことで、結果的に地元からの優出は赤岩ひとりになった。それもまた、赤岩をさらに燃えさせることだろう。
思い出す09年の常滑チャレンジカップでの壮絶勝負駆け。あれから3年半、赤岩はふたたび感動的なドラマを演出することになるのだろうか。(PHOTO/中尾茂幸=篠崎、丸岡、赤岩 池上一摩 TEXT/黒須田)