今日はどんなミスター劇場が見られるのか、と優出会見場で待ち構えていたのである。前検日と同様に、どれだけ笑わせてもらえるのだろうか、と。
まったく別種のミスター劇場だった。
笑いはいっさいない。ちらほらと起きた瞬間はあったけれども、今村豊は笑っていない。
「もう一戦あるし、明日は蓋を開けてみなければわからない。楽じゃないです」
「こういうエンジン引くと荷が重いというか、勝って当たり前だと思ってるでしょうから、プレッシャーというか、勝負の世界はそんなに簡単に勝たせてくれるものではないので」
「ターンミスはあるので、人間ですから。何が起こるかわからないから」
なんだかネガティブにも思える言葉が並ぶのである。
突然、声が急に大きくなり、まるで怒り出したかのように熱弁を振るい始めた瞬間があった。「エンジンがスタート連れてってくれてる」という旨の問いが飛んだ時だ。
「エンジンがスタートを連れていくなんてことはないんです。そんなこと言うのは言い訳です。そういうこと言う選手に訊いてみたい。スタートは決められるんです。エンジンを把握して、練習していけば決められるんです。僕は今節、エンジンを把握できています。それでも練習するんです。12Rで練習に出てなかった選手がいるでしょ。そんな奴に負けるわけにはいかない、というのがあります」
大声を出してちょっとバツが悪くなったのか、その後はちょっと冗談めかしたコメントを言ったりもしていたが、そのときでも目は笑っていなかった。
ピリピリしてる。僕はそう思った。なぜそうなのかについては、わかるような気もするけど、わからないということにしておきたい。今節の今村の様子を見ながら、ちょっと思い当たることがあるのも事実。そして、勝った12Rがめちゃくちゃ逆境のなかで、いろいろな思いを背負って戦わねばならなかった、という点もある。
ただ、ひとつ言えるとするなら、今村もぽつりと言っていたが、これだけのエンジンを相棒にして戦うことは、楽ではない、ということだ。もちろん、そんな状況を何度も何度も跳ね返してきたミスターであることもまた、確かなことである。
その12Rはとにかく、濃かったですね! レース内容については、畠山が書いているだろう。ピットもまた濃かった! まずは西島義則だ。不良航法を半ば覚悟していたか。それとも、スッキリと勝ち上がれなかったことに不満を抱いていたか。スタート遅れたレースぶりも納得いくものではなかったか。ピットに上がってきた表情は、まさしく憮然であった。エンジンを外すと、すぐに早足でカポック脱ぎ場に向かい、まだ今村や小畑実成らがボートリフト周りにいるというのに、早足で控室に消えた。誰とも接触したくない、という風情。その後、競技本部に呼ばれ、裁定を言い渡されたが、そのあとのほうがサバサバしていたように見えた。
小畑は、なんとも複雑な表情だった。さまざまな選手が小畑に歩み寄り、声をかけていたが、もちろん2周2マークのあの場面に関しての話だろう。ただ、小畑は会見で「ブサイクなレースをしてしまった」と苦笑している。西島のオーラを思い切り感じ、どんな隊形であれ突っ込んでくると予感して、腕が固まってしまったのだそうだ。地元マスターズで優勝、を胸に秘めてやってきた小畑にとって、優出は最低ノルマ。それを果たせたであろうという状況で、西島の姿が見えた。心が泡立つのは致し方ないことであろう。
それでも繰り上がり優出! たしかにいったんは2番手を走ってのものだから、胸を張って闘うべきだ。明日も全力でやれることをやり尽くす、カッコいい小畑実成に会えることだろう。
で、山室展弘の周りには、笑いばかりが巻き起こっていたのでした(笑)。ヘルメットをかぶったままなので声はよく聞こえないが、山室が何かを言って、取り囲んだ選手たちが笑っている雰囲気。気づくと加藤峻二とツーショットになっていて、加藤も山室に対して大爆笑していた。カポック脱ぎ場で叫んだ言葉は聞こえたぞ。「はいっ、みなさん、ご苦労様でした!」。山室流の悔しがり方、もしくは場の和ませ方、なんて決めつけたら、山室先生に怒られるかな。
12Rが強烈だったので、記憶が塗り潰されそうになるが、10Rも11Rもそれぞれに印象に残るシーンはあったのである。
たとえば、10Rで勝った田頭実に、平石和男が嬉しそうに歩み寄って祝福していたこと。ともに今年マスターズ初出場の48歳であり、58期の同期生だ。平石は12Rに自分の戦いを控えていた。しかし、同期の優出一番乗りを手放しで称えた。田頭もニッコリと笑う。その後の田頭は、この節間でも見せてきたような気合のこもった表情でいたけれども、このときは田頭らしい男っぽい笑顔を見せいていたのだった。
同R2着の北川幸典を祝福したのは、今村豊と山室展弘だ。こちらも12Rを控えていた2人だ。支部は違うけど、同じ中国地区、48期、50期、51期と世代も近い。戦友という部分も大きいだろう。山室は北川にハグまでしていた。6コースから展開を突いての上位浮上は、北川が「昔の僕ですね」と笑ったように、らしいレースぶりでもあった。そんなシーンを見ながら、今村も山室も感慨があったのだろう。あ、ちなみに1号艇・今村、5号艇・北川って、11年常滑のワンツーと同じ枠番ですよ。
11Rでは、勝った熊谷直樹と2着の倉谷和信が、楽しそうにレースを振り返っている場面を見た。これはレース直後ではなく、12Rのエンジン吊りを待つ間のことだ。倉谷は、「今村さんだって飛ぶことはあるんだから、勝っておきたかった(=勝っておけば、今村2着以下なら優勝戦1号艇)」と言って、1マークでのターンミスを悔しがっていた。熊谷は、「JLCが目に入ったので見たら、2号艇(熊谷)の評価が低かったので、恥かかせてやれと思って頑張った」と笑った。倉谷にしてみれば、熊谷は2コースまくりがあると意識したかもしれないし、熊谷にしてみれば、だからこそあそこでの差し選択は正解だったとほくそ笑む部分があるだろう。そんな二人がレースを振り返り合えば、たぶんお互い笑っちゃうよなあ。同じ時代を駆け抜け、何度も剣を交えた戦友のような間柄だからこそ、わかりあえる、笑いあえるものがある。これもマスターズの魅力なのかもしれないですね。(PHOTO/池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)