12年目のガッツポーズ
12R優勝戦
①海野ゆかり(広島)08
②今井美亜(福井) 09
③田口節子(岡山) 10
④小野生奈(福岡) 07
⑤中谷朋子(兵庫) 12
⑥遠藤エミ(滋賀) 13
スタートが揃うかどうか、が大きな鍵を握るレース。昨夜からそう見ていた。今節、スリットから力強く伸びるモーターが何機かあったが、日々V戦線から離脱した。ファイナリスト6機は、どれもバランス型で一撃の破壊力はない。選手の実力的にも、誰が優勝してもおかしくない面々が揃った。ならば、スタートが横一線なら内寄りが断然有利になるし、レースが荒れるとするならスリットが凸凹になる以外は考えにくい。そう思った。
そして、実際のレースは上記のとおりのほぼ横一線。F2の今井も含めて、私が想像していたより早いゾーンで舳先を並べた。さすがだ。わずかに4カドの小野だけが覗いたように見えたが、すぐに6艇のスピードが均一化する。私の脳内に、海野が逃げて、今井が差して、というオーソドックスな展開が浮かぶ。
逃げるか、差さるか。
その攻防だけをイメージしていた。が、1マーク直前、今井が突如として握る。セオリーとしては間違いなく差し展開でも、一発勝負の奇襲としては“あり”だろう。3コースの田口にとってもこの今井のツケマイは想定外だったらしく、ほぼ同時に握って行き場をなくした。外の田口の意表は突いた。だがしかし、インの海野はまったく焦ることなくやんわり艇を合わせ、今井のスピードを殺した。
「なんとなく、今井さんが握るような気がしていた」
表彰式の海野は、淡々とした表情でこう言った。これまた、さすが。3600番台レーサーの経験のなせる業。数々の修羅場があったればこそ、そんな予感が働いたのだろう。今井の強襲に対して実に優しく丁寧に応接したから、最内を差してきた小野にもすぐに挨拶をした。慌てて今井に飛びついていたら、そんな余裕はまったくなかったはずだ。イン逃げの理想を「握りすぎず落とし過ぎず、まくらせず差させず」とするなら、今日の海野のインモンキーは教科書に載せるべき絶妙ターンだった。
まあ、私個人としては「今井が差していたら、どこまで肉薄できたか」も見てみたかった(海野が「まくり」を予感していたのなら、なおのこと)が、やはり激辛の先マイを喰っていた気もするな。とにかく、外の攻撃を完璧に読みきって1マークを過不足なく回った瞬間、海野は12年ぶりの女王へと返り咲いたと言っていいだろう。
今節、私は前検から海野27号機を軽く扱ってきたので、浮いたセリフはここまで。むしろ、このシリーズでの不明を詫び、シャッポを脱ぐとしよう。海野さま、すいませんでした!!
そうそう、今朝がた、このブログの前身『Sports@NIFTY』の主要スタッフとして黎明期を支えた松本記者が、ふらぁり津ボートにやってきた。海野ゆかりのファン歴18年、この機を逃してたまるものか、という気合で深夜バスに乗り込んだという。
「海野さまのアタマで大儲けして、帰りはのぞみのグリーン車で帰りますわ」
昼過ぎ、鼻を膨らましてこんなことを言っていたが、外れて外れて外れて迎えたファイナルレース、松本君は「諸般の事情で」海野のアタマ舟券を1枚も買えない身の上になっていた。2、3着付けで無理筋の穴ばかり買っていた。そして……多摩川から12年間、ひたすら待ち続けた海野さまの2度目のクイーン戴冠&水上のガッツポーズ。その雄姿を呆然自失の体で見つめ、さらに薄笑いを浮かべながら松本君は言った。
「フフフ、良かった、僕が買わなかったから、優勝したんですよね」
目にうっすら涙を宿していたが、それが嬉し涙なのか悔し涙なのか、私にはよくわからなかった。
「じゃあ、これから東海道線でゆっくり帰ります、楽しかったっす」
ちょっぴり肩を落として、松本君は夕暮れの中に消えた。うん、旅打ちに理不尽なエピソードは付き物だ。何年か後には、酒の席の思い出話に昇格することだろう。(photos/シギー中尾、text/畠山)