10R コースがわからない
大場敏があざやかなまくり差しで快勝。優出一番乗りを決めた。ピットに戻ると、歩み寄ったのは市川哲也。67期の同期生だ。12Rで準優を戦う市川には刺激になったはずだし、純粋に同期の勝利に喜びもあっただろう。5日目恒例のボート洗浄中にいくつか言葉を交わしていたが、市川は本来、同地区の川﨑智幸のボート洗浄に加わっているのであって、それをほんのわずか中座しながらも、同期に声をかけたかったわけだ。
1号艇の三角哲男は2着惜敗。大挙参戦の東京支部の出迎えに、少しだけ首を傾げてみせていた。優出に安堵はあるとはいえ、やはり1号艇では勝っておきたいというのが選手心理。ヘルメットの奥の瞳には、確実に悔しさが宿っているように思えた。
で、この2人の共同記者会見には、ひとつ共通点があった。それは、「コースの質問に答えられない」というもの。三角が「このあと激戦がありますからね」と語ったように、11Rの勝ち上がりメンバー次第ではさまざまな対応を余儀なくされるため、その時点ではイメージが沸かないのである。
「相手の枠番を考えながら、スローとダッシュの両構えで」(三角)
「次で乗ってくるメンバー次第だけど、枠は主張したいですねえ。でも、入っても100mまでかなあ」(大場)
二人とも非常に悩ましい様子なのであった。
11R THE激戦
津のピットの選手控室は、水面際にごくごく狭い“アリーナ席”がある。目の前はちょうど2マークあたりだ。11Rのファンファーレが鳴ると、整備室や喫煙室にいた選手がそろぞろとその席に駆けていった。「生で見たい!」と口にしながら走っていく選手もいた。三角が言う激戦は、もちろん5号艇に西島義則、6号艇に大嶋一也がいる進入争い。スタート展示は152346のオールスローという、全員が主張するものとなっていただけに、本番の駆け引きは選手にとっても興味津々だったのだ。
西島が一目散に内を目指し、大嶋も展示よりさらに内を狙うなか、野長瀬正孝、作野恒、西山昇一はダッシュを選択。アリーナ席では多くの選手がニコニコとその様子を見つめていた。選手も面白がるレースって、本当に素晴らしいボートレース!
展示と本番でコースが入れ替わるなか、全員がゼロ台のスタートを決めているのだから、スゴすぎ! レース後、深くなる内を出し抜こうとダッシュに引いた作野恒が、同県の先輩である大嶋に「スタート早すぎ!」と抗議(?)していた。作野も渾身のコンマ04スタート。スローが遅れていたら、4カドの野長瀬とともに締めていっていたことだろう。しかし大嶋はコンマ01! スリットから下がることもなかったから、作野に出番はなかった。いやはや、まっこと激戦だったのだ!
ただし、三角と大場の懸念は杞憂に終わっている。西島も大嶋も優出できず、強烈に前付けしてくるであろう選手が優勝戦には不在となったのだ。勝ったのは、コンマ02のスタートを決めた江口晃生と、4カドから差しに回ることになった野長瀬正孝。レース後、西島に「ノナー、おめでとう」と声をかけられ、野長瀬は笑みを浮かべていた。狙いは4カドからの一撃だったが、差して2着は上々の結果。大先輩に声をかけられたことも嬉しかっただろう。
江口の周りには、とにかくいろんな選手が歩み寄って声をかけていた。そして笑っていた。この激戦、もっとも難儀するのはもちろん1号艇の江口である。だから、しっかり逃げ切った江口に一声かけ、そして笑い合うことになる。江口は、想定より起こしが浅くなって、置きに行くようなスタートでコンマ02とキワまで行ったこともあって、とにかく苦笑い連発だった。
その江口は、畠山がどこかで書いていたが、前検から懸命の減量をしている。
「西島先輩たちとサウナでしっかり絞りました(笑)。レースってね、エンジンが出る出ない、じゃないんですよ。気持ちなんです。減量は気合のあらわれ? そういうことです。自分に対して気合を入れてるんです。明日も気合入れて頑張りますよ!」
明日の1号艇は相当に強敵、しかしレースってそういうことじゃない! 明日も江口は気持ちのこもったレースを見せてくれるはずだ。
12R 好対照な二人
もし三角と大場にもう少しだけ心配が残っているとしたら、このレースの倉谷和信の存在だっただろう。ここでも5号艇から前付けを敢行、4コースに入っている。もし倉谷が優出していれば、大場と三角は優勝戦センター筋になるから、まさに両構えの対処が必要となってきていた。その倉谷が優出ならずで、明日の優勝戦、結果的には穏やかな進入になりそうだ。
倉谷は、山田豊に声をかけられて、かなり長い時間、首をひねったまま動かなかった。首をひねったら普通は1秒もしないうちに首は元に戻るが、倉谷は10秒ほどもその態勢のままだったのだ。ボート洗浄が終わると、手にしていたスポンジを足元のポリバケツに投げ入れる。「ちっくしょー、ホンマ腹立つわ!」。そう言って、深すぎる苦笑いを浮かべていた。いったんは2番手の目があったところを3着、しかも2マークに事故艇があったために、勝負ができなかった。首をひねっていたのも、どうして2番手を獲り切れなかったかを考えていたのだろう。娘も選手デビューし、自身は完全にベテランとなったが、倉谷はまだまだ若い! その悔しがり方を見ていたら、そう思うしかなかった。
2番手を獲り切ったのが、渡邉睦広。1着こそないが、オール3連対であれよあれよと優出だ。GⅠ出場通算4節で2優出だから、すごいぞ! それも今年に入ってからの2優出だから、記念斡旋がもっと入っていたらオーシャンカップも狙えたところだ。ナイスガイ睦広は、2番手を競った倉谷に深く深くお辞儀。優出を決めた直後でも、その姿勢は変わらなかった。このあと、いつもなら4着以下の選手を待つのだが、今日はそれができなかった。地上波放送の優出選手インタビューに呼ばれたのだ。
インタビュー場所に駆けつけると、そこに待っていたのは勝った今村豊。渡邉は、今村と並んでカメラの前に立った。このツーショット、なんと対照的なことか。かたやデビュー直後からスターダムに駆け上がって今やレジェンドとして君臨するミスター。かたや苦節28年半、全国発売のビッグでついにファイナルに残った苦労人。そんな二人が肩を並べたのだから、渡邉のこれまでの道程には詳しくないけれども、実に感慨深い。明日は6号艇、レジェンド撃破のハードルは相当に高いが、最高に光のあたる舞台をおおいに満喫し、戦い抜いてほしい。できればオール3連対でひとつ。ヒモには買いますので。
優勝戦1号艇は今村豊。会見終わりに「もういいんですか? なんなら明日の勝利者インタビュー、今やっちゃいますか?」とジョークが出るほど、気分も最高だし、足の感触も良さそうだ。明日は進入に憂いはなさそうだし、完全に無敵モード! 勝てばマスターズ最多の3Vとなるわけだが、今のところは死角が見当たらないというのが正直なところ。もちろん今村も気を緩めるわけなどない。さあ、明日も今村トークショーを聞けるのか、それともレース後の複雑そうな表情を見ることになるのか。いずれにしても、優勝戦はこの人を中心に動くのは、間違いないところである。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)