池永太が、憤怒の表情を見せていた。
レース後、敗者は誰もが悔しがるに決まっているが、
池永の表情は「悔しさ」というより「怒り」としか
言いようがないものだったのだ。 息は荒く、視線はとげとげしく、
腰に手を当て、時に首をひねる。
触れたら爆発しそうなほどだった。
こうなると、あの笑顔が濃くて深い池永の顔つきは、
途端に迫力のあるものになる。好漢が垣間見せた骨太の男っぷり。
池永には悪いけれども、それはなかなか魅力的なものだった。
とはいえ、モーター返納とプロペラ検査が終わると、
池永はいつもの笑顔も見せている。
気が晴れたわけではないだろうが、レース直後の興奮は収まり、
好漢らしさが表に出ていたのだ。本当は総理杯で会いたかったが、
こうなったらダービーで会おう、池永太。
7月末までの半年、その航跡にはおおいに注目させてもらう。
大池佑来は、ただただスタートが遅れたことを悔やみ、
眉間にシワを寄せていた。3カドはある程度は
想定していたそうである。土屋智則が動かなければ、
3カドに引こうと決めていたというのだ。だが、スタートが遅れた。
最近3カドがあまり見られないのは、
実はスタートが決めにくいからということもあるようだが、
それがモロにここ一番の舞台で出てしまったのだから、
悔やんでも悔やみきれない。それでも、新鋭王座初出場で、
優出メンバーではもっとも後輩でありながら、
気後れせずに勝ちに行ったという姿勢は尊いものだ。
今日の眉間のシワは、次の機会には目尻に移って、
かわいらしい笑顔になることだろう。
土屋智則は苦笑いしかなかったようだ。
スタート展示では動き、本番では動かなかった。
もちろん、松尾昂明をマークする策を選択したのである。
だが……「マーク切れちゃいました」そう言って苦笑する。
土屋は土屋なりに後悔のないように作戦を練ったわけだが実らず、
しかもあてにしていた松尾は一気に自分をも
置き去りにしていったのだから、これはもう笑うしかなかったか。
もちろん、胸の奥に悔恨の炎がたぎっているには
決まっているのだが。
奈須啓太が、ふっと柔らかい表情になったのが印象的だった。
モーター返納とプロペラ検査を終え、控室に戻ろうと
整備室を出て報道陣の顔を見た瞬間、まるで憑き物が落ちたみたいな笑顔になったのだ。そうか、奈須の本来の表情はこれか。
今節は選手班長として、気が休まるヒマもなかっただろう。
もちろん、自分のレースもある。しかも優出したのだ。
奈須の表情が凛々しく見えたのは当然だった。
しかし、優勝戦後に見せた顔は、とことん優しくとことん穏やかで、
実は今節最年長のこの人もとびきりの童顔なのであった。
尊敬する瓜生正義とよく似てるな。
もちろん結果は悔しいものだったが、奈須としては
「終わった」という思いも強いだろう。今節は本当にごくろうさま。
今日の打ち上げはとことん飲んでくださいね。
もっとも悔しい思いをしたのは、茅原悠紀で間違いない。
ピットに戻った瞬間、山口達也が肩を抱いて慰めていた。
西山貴浩も、勝った後輩や敗れた先輩と同期ではなく、
まず茅原に歩み寄って声をかけている。「こんなもんかな」、
カポックを脱ぎながら吐き捨てたようにつぶやいた
茅原のその言葉を勝手に翻訳すれば、「チクショー!」に
決まっている。それを誰もがわかっているから、
誰もが茅原の胸中を気遣っているように見えた。
そのとき、ピットはやや重々しい空気が充満していたのだが、
それは茅原を思いやろうとし、無念を共有しようとする
仲間たちの作り出したものだったように思う。
それからの茅原は、やはり苦笑いばかりが浮かんできていた。
「やっちゃいましたね」という言葉も聞こえてきたが、
コンマ15のスタートをインから決めた茅原には
ミスらしいミスはなかったと思う。
それでも、茅原にしてみれば、敗れてしまえば同じことなのだろう。
報道陣の質問に真摯に応える茅原の苦笑いは、
痛々しいというしかないものだった。
もちろん、この悔恨を悔恨のままにしておくような
茅原悠紀ではないだろう。
松尾昂明、おめでとう! というわけで、
第26代新鋭チャンプは松尾昂明である。
コンマ06のスタートからまくり一撃!
3コースの大池がヘコんで1艇身以上も出し抜いた瞬間、
松尾の勝利を確信した人は多かっただろう。
ウイニングランから戻ってきた松尾を出迎える仲間、という光景は、
実に壮観であった。まず、大挙参戦の福岡勢。
池永と奈須以外は全員が集結していたはずだ
(多すぎて確認できてないけど)。さらに、同期である100期勢。
松尾をのぞけば6名が参戦。これが一気にリフトを囲んだのだ。
ヒーローの出迎えに、ここまで多くの選手が集まったことは
あっただろうか。あったとすれば、同期が多く参戦する新鋭王座か。
でも、これまでこんなにも大人数の出迎え祝福は見た記憶がない。 そして、その輪の中心で、松尾は人のよさそうな笑顔を
爆発させていた。そう、松尾といえば、やっぱり笑顔。
ピットではサービス精神旺盛に、仲間と笑い合う姿が目立つ。
レース前などの緊張感漂う表情は鋭いけれども、こ
んなに嬉しい勝利のあとだから、持ち前の笑顔が爆発して当然だ!
持ち味のまくり一撃に、持ち味の笑顔。
彼の個性が完璧なかたちで、厳寒の芦屋に輝いたのである。
表彰式、記者会見などが終わると、もちろん水神祭!
これは、人数多すぎてもってことで福岡勢が遠慮したのか、1
00期勢だけで行なわれている。
秦英悟、永田秀二、末永由楽、桐生順平、青木玄太、松崎祐太郎。
記念すべき100期生から初のビッグウィナーが出現したことを、
松尾以上に喜んでいた彼らである。
もちろん、松尾はそのなかでもまた笑顔!
おどけて見せる様子は、彼らの前で大仕事を果たせた喜びに
満ちていた。 おめでとう、松尾。
これで総理杯の権利も得たわけだが、舞台はまくり水面の戸田。
SGでも代名詞ともいえるまくりで、先輩たちをキリキリ舞いさせて、
爽快な笑顔を見せてくれ!
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=水神祭 TEXT/黒須田)