展示終了後、装着場にあらわれた岡崎恭裕は、風向きを確認しようとしたのか、水面を覗き込んだ。足はいい。スタートはキレッキレ。水面状況もしっかり確認している。万全の態勢で優勝戦に臨んだように思えた。ただ、ひとつだけ不安があった。岡崎がこう口にしたのだ。
「まぶしいっ!」
そう、この時期の尼崎は大時計のほうから西日が差しこむ。今節は終盤の時間帯に晴れ渡ることがなかったので忘れていたが、ダービーの優勝戦でもこんな状況の水面は見られたものだ。僕も水面を覗き込んでみたら、大時計がまるで見えなかった。もちろん、位置にもよるのだが、西日は水面にも反射して、オッサンの目を容赦なく攻撃するのだった。これは選手は大変かも……。その不安は、結果的に的中してしまう。
岡崎のスタート勘を狂わせたのだ。というより、岡崎はかなり早く起こして、直前で思い切り放った。西山貴浩が「ドーンと放ったでしょっ?」と確認していたほどだ。これは悔しい。ここまで積み重ねたものが、その一瞬で無に帰してしまった。しかも、岡崎は行き足が良く、全速で行っていれば仕掛けられたはずなのだ。しかし、まさかの二番差し。結果、準Vとはなったのだけれども、それは岡崎をまったく癒しはしないだろう。
「一節頑張ってきて、オチがこれっ!?」
岡崎はそう声を張り上げて、苦笑いを見せた。う~ん、これはやっぱり悔しすぎる! 最後の最後で不完全燃焼に終わったことは、岡崎の心にズシンと響いたはずだ。
篠崎元志もスタートには後悔が残る。ひとり後手を踏んでしまっているのだ。それでも追い上げて追い上げて3着なのだからスゴすぎなのだが、これもまた篠崎を満足させるかといえば、そうではないだろう。ヘルメットを脱ぐと、篠崎は微妙な笑みを見せながら、舌をペロリと出した。やっちまった。そんな言葉が確かに聞こえてきた。
渡邉和将も同様のようだ。6着という結果に対する悔しさもあるだろうが、やはりスタートを思い切って行けなかったようだ。ピットに戻ってきた直後は、表情が硬直したような様子。これはもう、悔いしか残っていないだろう。茅原悠紀の後押しがあったとしても、西日の中のスタートだけはどうにもならない……。
レース内容について悔しがっていたのは、まず西山貴浩だ。1マークは差しに回り、バックではたしかに2番手を走っていた。内から二番差しの岡崎がするすると伸びていたが、行かせて差す捌きを見せている。ただ、そこで若干の狂いがあったか。内から来ていた宮地元輝と接触してしまう。芦屋チャレンジカップのことを思えば、せめて2着は欲しかった。あの2マークを悔やむのは、気持ちはわかる。ただ、実際は勝てなかったこと自体への憤りもあっただろう。西山は優勝しか考えていなかった。それがかなわなかったことが、何より悔しい。もっとも悔しさを露骨にあらわしていたのは、たぶん西山だ。
その西山は、最後の最後まで着順を上げようと諦めることをしなかった。それが最終コーナーの小回り。これと接触し、篠崎に3番手を先んじられた宮地元輝も、表情をカタくして悔しさを表に出していた。いったんは2番手の目もあっただけに、痛恨だろう。GⅠ初優出でも、6号艇6コースでも、そういった環境にはまったくとらわれることなく、宮地は勝ちに行った。それだけに、悔しさを隠せなくて当然だ。たぶん感情を隠さないタイプの宮地。次は勝って素直に喜ぶところを見たい。
それにしても、敗れた選手がそれぞれに悔しがっている優勝戦後というのは、意外と珍しいかもしれない。敗者がすべて悔恨を抱くのは当然でも、レース後はそれを隠して淡々としていることも多いからだ。みなが感情を素直にあらわす、これこそ若さの証し! 僕はそれを非常に好もしいものと感じたし、かえって清々しさも感じたぞ。
そうしたなかで、しっかりとスタートを全速で行き、しっかりと1マークを自分のターンで旋回し、堂々と逃げ切った松田祐季は、立派だったというしかない。何度も書くが、この状況に大きなプレッシャーを感じず、自然体で臨めたのは、どう考えてもすごいことだ。先ほど、地上波放送で流れた朝のインタビューを見せてもらった。武田修宏さんの「自信はありますか?」という質問に応えて、松田は少し口ごもりながらも、最後は「あります」と言い切っていた。これもまた強烈である。松田は確信をもって、優勝戦に臨んだ。そしてやるべきことをまっとうした。これはまぎれもない完勝である。
勝ったあとも、自然体に見えたな。喜びを大きく大きく爆発させるというよりは、人のよさそうな顔でニコニコと笑っていた松田。こんなタイプは、きっと大一番で強いんだろうな、と思った。次はぜひともSG優勝戦で1号艇に乗るところを見たい! 今日と何ら変わらないのであれば、三国に新たなSGウイナーが誕生するだろう。
松田はこれがGⅠ初優勝! というわけで、もちろん水神祭も行なわれております。松田の喜びの表情、ご覧くださいませ。松田祐季、おめでとう!(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)