準優レース後のピットがもっとも歓喜に沸くのは、新鋭王座だと思う。 もちろんSGでも優出を祝福する声はあがるが、
それがもっと無邪気に巻き起こるのが新鋭王座。
実に瑞々しいし、微笑ましい。毎年、デヴハゲのオッサンは
目を細めてその様子を眺めている。 よっしゃーっ!
ニッシーニャの声が響く。10R1着の池永太を出迎える歓喜の声は、
それを合図にしたかのように次々とあがった。
水摩敦もはしゃいでいる。池永は深く濃い笑顔でそれに応え、
次々とハイタッチを交わしていった。
「フトシーッ! 打ち上げには財布もっていかねーからな!」
お、おう、とやや言葉を詰まらせた池永だったが、
それが最高の祝福だというのはわかっていただろう。
もう一発、ニッシーニャの歓声があがったのは、11R。
松尾昂明が2着で優出を決めている。
この輪には、同期の桐生順平も加わっており、
昨年の宮島新鋭王座準優で、二人が壮絶に競り合ったシーンが
思い出された。今節はフライングに散ってしまった桐生だが、
当然あのレース、あの瞬間のことを思い出したはず。
松尾も、それを取り戻すことができた喜びを語っている。
次は優勝戦であの激闘を。桐生も松尾の姿に刺激を受けただろう。 それにしても、松尾ははしゃいでたなー。
カメラマンの要望に応えて、コミカルなポーズをとったりもしていた。
ニッシーニャが去る新鋭ピットのムードメーカーになっていく男なのかも?
12R、茅原悠紀を出迎える岡山勢もおおいに盛り上がっていた。
なかでも嬉しそうだったのは山口達也。
「初日の山口さんの件は、これまでにないくらいショックだった。
一緒に頑張ろうって芦屋に来たので、だから山口さんの分も頑張りたい」。茅原はレース後にそう語っているが、
その思いをわかっているからこそ、
山口も茅原の優出(しかもいちばん優勝に近い場所での優出だ)を
心から誇りに思ったことだろう。とにかく笑顔が絶えない茅原悠紀。
山口もその笑顔を見ながら、笑っていた。
それに比べると、関東2人はちょっとおとなしかったかな。
いや、土屋智則の場合はそうでもないか。
なにしろ同期の西山貴浩が祝福を送っていたから。
ほんと、ピットの空気を作っているのはニッシーニャなんだな。
西山につられたわけではないだろうけど、
土屋はひたすら笑っていて、さらに他の同期生たちに祝福されて、
笑顔はいつまでも絶えそうにないくらいだった。
大池佑来は、本人がひたすら初々しかったのが印象深い。
彼もなかなかの童顔で、今節もかわいらしい雰囲気が
目に留まっていたが、優出を決めた勝利のあとは、
なおかわいらしい。報道陣に取り囲まれる状況に
戸惑ってもいたのだろう。カメラマンにポーズを要求されて、
それがちょっとカタいあたりが、新鋭王座初出場の若者らしくて
実に微笑ましかった。
優出を決めた選手のうち、奈須啓太は
ピットに戻ってきた直後は、むしろ悔しさに包まれていたはずだ。
なぜなら、彼の優出は繰り上がだから。
10R、2着だったのは深谷知博。待機行動違反で
賞典除外となっている。 10Rのメンバーがピットに戻ってきて
ボートリフトに乗ったちょうどそのとき、
「1番、審議」というアナウンスがかかっている。
深谷を出迎える静岡勢、東海勢はそれを聞いていただろう。
いや、選手間ではすでに危ないというのが共通認識だったのか。
深谷が戻ってきたときにはほとんど歓喜は起きておらず、
そう考えるとヘルメットを脱いだ深谷の顔がひきつっていたのは、
敗戦に対してだったのか審議に対してだったのかは微妙なところだ。 奈須にとっては、どんなかたちでも優出は優出。
しかも、10Rの3番手争いは激しいものになっており、
それを切り抜けて3着を死守したからこその繰り上がりである。
だから、福岡勢も選手班長を務めた“隊長”の優出で大盛り上がり! 池永とはガッチリとハイタッチを交わしている。
なにしろ今節はいろいろあった。班長の奈須には相当の負担がかかっていて、本人も「大変だった」と語っている。
でも、それが報われたのは本当によかった!
奈須の繰り上がりは、他支部の選手にとっても、
嬉しいことなのではなかったか。
そして、そのレースでもいろいろあったというわけなのだが、
深谷は悔しさを胸に秘めつつ、前を向く決意を固めたようだ。
「審判に何も言わせない進入をしなかった僕が悪かったですね。
自分には足りないものがまだまだあって、
それがレースに出たということだと思います。
ただ、初めての王座でここまで来れました。
これは僕にとって勝たなきゃいけないレースになりましたね」
背筋がピンと伸び、まるでサムライのような目で語る
深谷の今後が俄然楽しみになった。ひとつ蹉跌を経験して、
深谷はさらに強くなるだろう。
(追記:いまプロフィールをチェックしてたら、深谷は剣道をやっていた! これからはサムライ深谷と呼ぼう)
ちなみに、整備室では西山貴浩が深谷の肩を抱いて、
モーター格納庫に“拉致”している。
同じ痛みを今節味わった西山の優しさもきっと深谷を癒しただろう。
それにしても……準優に出てないのに、
結局西山のことばかり書いてる気になってくるな(笑)。
なお、敗れた12人のなかでもっとも悔しがっていたのは上野真之介。喫煙所で「ぜーんぶダメだーっ」と頭を抱えて、うなだれていた。
でも真之介、そんなにダメなレースだっただろうか?
10Rの3番手争いを面白くしていたのは、
あきらめずに最後まで追いかけ続け、
あの手この手で前に出ようとしていた上野真之介だろう。
そう話しかけても、出てくるのはため息と自分を責める言葉ばかり。
こうしたピュアな悔しがり方は、
師匠のあの人によく似ていると思った。
最後に、優出メンバーの明日の思惑を少し。
奈須は「思い切り動きやすい枠」と言い、
前付けの可能性を示唆。
一方、土屋は松尾の強烈な伸びを考えてのマーク戦と
6コースには出たくないという思いの間でやや揺れているようだった。それでも共同会見中に「最後ですもんね。行きましょう。
スタートも深いほうがわかりやすいし」と語っている。
このままでは6コースに出てしまいそうな松尾だが、
「6コースでもいい」と優出メンバーが
すべて決定する前から語っていた。つまり、
それほどまでに伸びには自信があるのだ。
「明日もスタート行ってひとまくりしたい」。“アワカツヤ”をやってしまうかも?
で、茅原はもちろんインを譲る気はない。
松尾が4コースと聞いたときには、
「オーッホホホ」と微妙な笑いを見せたが、
続いた言葉は「楽しそうですね(笑)」。
茅原も簡単に勝てるとは思っていないし、
同時にそれでも勝つ自信と決意が出来上がっていると
いうことでもある。 実は今日もレース直前には緊張したそうである。
そこで茅原はあることを思い出した。
優出した下関周年の準優勝戦。1号艇だったのだが、
このとき前付けに動いてきたのはあの赤岩善生。
インを主張して100m起こしとなったが、茅原は逃げ切っている。
あの赤岩の前付けを受け止めて逃げられたんだから、
何を恐れることがあるだろうか。
茅原はそれで気が楽になったそうだ。
明日もきっと、茅原は前付けをひとつも恐れていない。
松尾の伸びも恐れていない。
なにしろ「100mから起こして伸び返すセッティングをすればいい」と
言い切っているんだから。茅原の死角はどこに!?
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)