BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――重たい空気とツキ

 空気が一瞬で重たくなる。「1番3番4番5番、フライング」 うわぁ……。それぞれのあげる悲鳴は大きくないが、それが何十も重ねられれば、ピットは悲鳴に包まれることとなる。それが、一気に沈痛な空気を作り出す。  やがて、当該選手の関係選手たちが一斉にボートリフトに集まり始めて、空気はざわつき始める。4人が陸に上がると、そのなかに沈痛な顔が浮かび上がり、独特の雰囲気が醸し出される。見ている側のこちらとしては、溜め息をつくしかない……。 真っ先に競技本部に向かったのは菊地孝平。表情が完全に固まっている。目はうつろだ。それに続いて、平本真之、中島孝平も重い足取りで向かう。気づかなかったのか2マークをターンしていた今垣光太郎は、遅れて競技本部へ。ヘルメットの奥で、苦渋の表情が浮かんでいた。  多額の返還を強いられる施行者はたしかに痛い。2億4000万円売れていた12Rのうち、最終的に売り上げになったのは30数万円。12Rということで、返還しておしまい、だからなお痛い。溜め息が出る。だが、もっと痛いのはやはり選手だと思う。返還への罪悪感、戦線離脱しなければならない悔恨、もしかしたらF休み中のもろもろの心配も含めて、大きな大きな後悔が襲うからだ。あの表情を見てしまったら、こちらも重いものを心に抱えざるをえない。もちろん施行者の思いにも心が至って、ただただ力が抜けるわけである。とりわけ、今にも泣き出しそうに見えるほどに顔をゆがめていた平本の様子には、胸が詰まった。好事魔多しというが、あまりにも残酷な場面である。

 このフライングで先頭に繰り上がったのは、吉田俊彦。吉田も速いスタートを行っているが、残ったうえに1着となった、このツキは実に大きいものだった。吉田はこれで予選トップに立ったのだ。2着以下なら太田和美がトップだったから、さまざまな意味が詰め込まれたフライングの明暗だったのだ。 1着ならば1位、という状況を吉田が知っていたかどうかは確認できなかった。ただ、井口佳典はわかっていたようだ。吉田のもとに歩み寄って、軽くタックル。さらに、カポックの上から胸のあたりに2、3発パンチを入れたのだ。もちろん顔は満面の笑み。やったな、なのか、ツイてるじゃん、なのか、ともあれ祝福のパンチだったのは間違いない。なにしろ4艇Fが出た後なので、さすがに井口も目立たないように小さなアクションであったが、ヘルメットの奥で吉田はにこやかに微笑み、控えめな喜びを見せていたのだった。  井口自身も、準優1号艇をゲットしている。11R、爽快なカドまくりで1着。文字通り、白いカポックをもぎ取ったかたちだ。 井口も流れが来ていることは実感しているようだ。明るく力強い顔つきは充実一途で、声をかけると自然と笑顔が浮かんでくる。井口といえば、言葉でもファンを魅了できる選手。大言壮語が似合い、また有言実行を果たしたりもするから、まさしくプロフェッショナルだ。そんな井口に「SG連覇」を振っても、当然、否定するようなことはしない。それを意識している旨をハッキリと口にするのだ。「連覇したら、三重では倉田栄一さん以来らしいんですよ。それを目指してますよ」 倉田さんは1961年に全国地区対抗と全日本モーターボート選手権(ダービー)を連覇している。51年も前の快挙だ。三重に半世紀ぶりの偉業をもたらすべく、井口はさらに充実の走りを見せるだろう。 もう一人の1号艇、太田和美は午後も淡々とした表情を見せていて、馬袋義則と並んで歩いている姿を多く見かけた。12R後も、吉田に1位の座が移ったことを知ってか知らずか、表情はまったく変わっていなかった。この泰然とした雰囲気が太田の魅力であり、強みであろう。驚くことに、準優でもっとも登番が古いのが、この太田。円熟の境地を見せるとするなら、この太田和美しかいない。

 なお、12Rで4艇Fが出たことで、ベスト18に繰り上がるかたちとなったのが湯川浩司、石野貴之、荒井輝年。明と暗でいうなら、明らかにツイている3人だが、しかし他者の蹉跌による幸運を素直に喜べるわけがない。湯川にしろ石野にしろ荒井にしろ、笑顔や高揚感はうかがうことができなかった。湯川は長い時間、18位とか19位にいて、いちばん気を揉んだ選手に違いないが、このかたちでの16位へのジャンプアップは複雑極まりないだろう。ただし、明日は3人ともそうした思いはかなぐり捨てて、ツキを活かすような思い切りのいいレースを見せてもらいたい。どんなかたちであれ、ふるいに残ったのは事実。ベスト18の立場に変わりはないのだから。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)