準優ピットのトピックといえば、まずは魚谷智之の優出だ。
初日に落水がありながら、ものの見事に巻き返してみせた。
不屈という言葉が実にふさわしい、ここまでの戦いっぷりだった。
魚谷が2番手に浮上した瞬間、ピットがいきなりざわめいた。
装着場で観戦していた職員さんたちが一斉に興奮し始めたのだ。
それまで魚谷を特別に応援しているふうもなかったのに、
2周1マークで逆転したのを境に心を湧き立たせた。
歓声を飛ばしたり、露骨にガッツポーズをしたりしたわけではなかったが、誰もが歓喜をにじませていたのだ。
地元優出を見たのはこれが初めてではないが、
ここまで喜びが伝わってきたのは今までになかったことだと思う。
魚谷がレースを終えてピットに戻る際には、
スタンドからも大歓声が巻き起こっている。
尼崎の2マーク寄りの水面際は、
選手がピットへと戻る帰り道の正面にあたる。
そこに殺到したファンが、魚谷を大声で讃えている。
ピットからも近いので実によく見えるその光景は、
地元意識の美しき発露に映った。
もちろん、魚谷はひたすら笑顔だ。
やはり大喜びの吉田俊彦に迎えられて、
とびきりの魚ちゃんスマイルを見せていた。
つまずきがあったなかでの地元SG初優出は、
このうえない喜びに決まってる。それはひたすらに幸せが伝わる、
こちらの心も踊るシーンなのであった。
ちなみに、優勝戦も6号艇だが、10R終了後の段階では、
内には動かない旨の発言をしている。
勝つなら自分らしい外からのスピードある攻め。
そう心に決めて、地元での最高の舞台に魚谷は立つ。
もうひとつのトピックは、ピットを重苦しい空気で包んでしまった、
重成一人のフライングだ。スタート審議中の表示が見えた瞬間に、
すでに魚谷のときとはまるで違うざわつきが生まれていたが、
さらに「1」と表示されたときには、誰もが鉛を飲み込んだかのような
重い苦々しさで空気が満たされてしまった。
重成を出迎えた選手たちは、誰もがかける言葉を
見失ってしまったようだった。エンジン吊りは黙々と進み、
周囲で見ている者たちもそれを直視していいのか
戸惑っているようでもあった。そこに歩み寄ったのは魚谷智之。
選手班長が気遣いの言葉をかけたのだ。
重成の腕のあたりにそっと触れ、神妙な顔で重成に語りかける。
魚谷自身、SG優勝戦Fを経験もしているから、
その痛みは理解しているだろう。
他の5選手がレースを終えて戻ってきて、
先にカポックを片付け終わっていた重成が、
全員に頭を下げて回っている。表情は、意外と言うべきなのか、
明るかった。笑みすら浮かんでいた。
もちろん、それが本音の発露などということはありえない。
僕には、つとめて明るく振る舞っているようにしか見えなかった。
そうして心の痛みと戦っているのか、
あるいは他選手に余計な気遣いをさせないための
重成の気遣いなのか。だから、その笑みはひたすら悲しかった。
ひたすらせつなかった。
今夜ベッドの中で味わうであろう辛苦を想像すると、
ただただ同情することしかできない……。
もしかしたら、このレースで1着となった森高一真も、
少し複雑な心境だったかもしれない。
バックでは、先輩とワンツー態勢。
しかし先輩は戦線を離脱した。
どちらにしても優出は堅い態勢だったわけだから、
繰り上がって1着に立ったことが喜びだったかどうかは、
森高の優しさを思うと、微妙なところである。
ただ、森高の周囲は実に嬉しそうだった。
もちろん、1着繰り上がりが、ということではないだろう。
愛すべき同僚の優出が喜ばしいことだったのだ。
とりわけ、同期の井口佳典と田村隆信が喜んでいて、
森高の背中や肩を何度か叩いていた。
森高は公開勝利者インタビューに出ているのだが、
控室の画面に森高が映った瞬間に、
選手たちは大笑い含みの歓声をあげている。
12Rの公開インタビューはイベントステージで
大々的に行なわれるのだが、その華々しさと
森高一真の組み合わせがちょっと笑える、
というのはなんとなく理解できる(笑)。
ともかく、森高の愛されっぷりはハンパじゃないということだ。
その後の共同会見では、
最後方で井口と田村がニヤニヤして眺めているというシーンもあった。優出の感想を聞かれ、「いや、別に、何も、今は、あれです」と
わけわからんコメントになったのも、
井口と田村を意識していたからで、
「あいつら見てるから、本音しゃべらないっす」と言って
二人を追い払ったりもしている
(その後も田村はこっそり覗き込んでました)。
ようするに、森高が何をしゃべるのか、面白がっているわけだ。
いろいろあるが、そうした仲間の思いを背負って、
森高は明日奮闘するだろう。なにより、重成がきっと、
自分の思いを託してもいるはずである。
明日は最高に男前な森高一真を期待しているぞ。
優出組では、石野貴之の凛々しい表情にはいつも唸らされる。
レース前もレース後も、キリリとして力みなぎる表情。
笑うとけっこう童顔なのに、勝負に臨むと
最高に男っぽい顔つきになり、しかも妙な緊張感など
微塵も感じさせないのだから、そのメンタルパワーは常に超抜なのだ。だからこそ、実はそれ以上に書くことがあまりなくて、
だから当欄に登場する回数は決して多くないと思う。
というわけで、今日もこれ以上に何を書けばいいのかわからないわけだが、ピット節イチはこの石野と井口佳典である。
そう、井口もまた、あまりに凛々しい。
BOATBoyインタビューで「今は自信しかない」と語っていた
井口だが、その言葉を雰囲気に変換したらこうなる、
という感じなのだ。結果的に1号艇が回ってくることになった優勝戦。
それでも井口が重圧にとらわれることはないと断言できる。
足もほぼ仕上がっているようで、死角の少ないイン戦になりそうだ。
とにかくニコニコしていたのは、服部幸男。
菊地孝平や坪井康晴ら静岡勢がひたすらニコニコしていて、
服部もそれに呼応するように目を細めていた。
菊地あたりがからかうような言葉を投げたのか、
照れ笑いのような表情も見せていて、
これはなかなか珍しい服部幸男。こうなったら、
約15年ぶりのSG制覇でさらにニコニコの服部を見たいぞ。
「15年経ってるんで、優勝したらSG初優勝みたいなもんだね(笑)。
そういう気持ちで明日は行きます」
じゃあ、水神祭もやっちゃいますか!? それはないか。
ともかく、服部が笑っているとこっちまで
嬉しくなってしまうことは確かである。
最後に、今村豊だ。重成に詫びられたとき、
今村はかなり気遣う様子を見せていた。
自分が切ったのではないかと思ったという鋭いスタート(コンマ01)、
3コースの太田和美がヘコんでいたことで重成には
今村の姿が見えていたに違いなく、
それもあって放れなかった部分があったとするなら、
今村の態度はよくわかる。 まあ、それはそれとして、
重い一件があった日には、今村オンステージで締めることにしよう。
まずは代表質問の記者さんに突っ込み。
「(自分の優勝が)あるとは思ってないでしょう!?
明日の優勝会見は午前中にやっておきましょう。
明日は早く帰るんで、そのためにね!」 最後に一言、
と言われると「いい情報はあるけど、教えな~い」 で、
右腕をあげて「もう錆びてますもん!」
被害妄想と優勝宣言と意地悪と自虐!?
次々に飛び出すミスターワールド。代表質問の記者さんが
「じゃ、明日の会見は3R終わりで」と絶妙に振ると、
「明日は3R後に全員集合ですよ!
(報道陣をぐるりと指さして)顔を覚えておきますから!
来なかったら、優勝してもしゃべらないですからね~。
次の日の新聞の優勝者コメント『ノーコメント』って出るという(笑)」
ほんと、会見と言うより今村豊を囲む会、でありました。
ミスターサイコー! あ、もちろん「中堅」とか「10~15全速」とか
ちゃんとコメントも出してますので、
ぜひスポーツ紙などをご覧ください!
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)
赤岩善生は、身体は無事です。
でも心のほうは……尋常ではない悔しさを抱えているようです。
あの展開では当然ではありますが。
レースでの悔しさは勝つことでしか癒されない。
明日はこの鬱憤を晴らすレースを!