BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――井口、完勝

 

 

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井口佳典、完勝。

森高一真のツケマイも、服部幸男の差しも、

魚谷智之の地元の意地も、すべてをしりぞけて、悠々たる逃走。

こうなれば、レース後のピットはほとんど何も起きない、と言っていい。井口は快勝を喜び、敗者は淡々と悔恨を噛み締める。

森高一真が、こちらに気づくや口にした、

「正攻法で行って負けたんやから、しゃあない」の言葉が、

すべてを物語っている。それほど井口は強かったし、

敗者も全力を尽くして届かなかった。 

もちろん、ある意味歯が立たなかったわけだから、

敗者はとことん悔しいに決まっている。

森高も、レース直後は視線が上がらず、

うつむくようにしてこの現実に耐えているのだ。

真っ赤な顔で、ふーーーっと長く息をつき、

やるせない表情で控室に向かう。そうして落胆した時間を過ごしつつ「しゃあない」という結論に行き着いたのだ。

自分のスタイル=真っ向から握って攻めるという戦いを

貫いたうえで敗れたのだから、僕もしゃあないと思う。

だから、ここで味わった悔しさを近いうちに晴らすチャンスをつかんでほしいと願うばかりだ。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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昨日は優出を決めてニコニコしていた服部幸男も、

レース後にはいっさい笑顔はない。

昨日も今日も4号艇で2着だが、

今日の2着にはまったく意味がないのだ。

一見、淡々としているようでいて、その腹の底は

煮えたぎっているに決まっている。

つまり、淡々は不機嫌さの発露なのだ。

服部は、ピットに戻ると真っ先にカポックを脱ぎに向かい、

真っ先に返納作業に向かって、真っ先に整備室を出た。

まるで、敗戦の記憶をさっさと捨て去ろうとするかのように、

その足取りは早く、行動も素早かった。

誰もが、服部幸男はまだまだ健在だと確信したであろう今節、

しかしそうした周りの思いも服部には慰めにもならないだろう。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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石野貴之は、やはり淡々。

というか、レース前と様子がほとんど変わらなかったように思う。

優勝戦という舞台に浮足立つこともなく、

6着という結果にひたすら落胆することもなく、

己を保っているのは凄いことだ。

その気持ちの強さは、石野の最大の武器である。

ただ、6着という結果は、惜しいという言葉とも程遠く、

それだけに派手に悔しがるには至らないという可能性もあるかな、

と少しだけ思った。とにかく、どんなときでも

胸を張って堂々と振る舞うこの男は、

僕のなかでは少しばかり謎の存在だったりする。  

 

 

 

 

 

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そうしたなかで、もっとも心の中に渦巻く悲しみが

強烈に伝わってきた選手がいるとするなら、魚谷智之である。

レース直前、ピットで見た魚谷は、実に気分のよさそうな

笑顔を見せていた。準備はし尽くして、やるべきことはやったと

いう手応えもあったのだろう。なんとも清々しい笑顔は、

最高の精神状態にあることをうかがわせるものだった。 

それを見ているだけに、レース後の表情はあまりに対照的に見えた。

うっすらと浮かんでいる笑みは、

おそらく意識して笑っているものではないだろう。いわば脱力。

すべての力が抜けてしまったかのように、

魚谷の顔からは表情も抜け落ちているのだ。

人間の顔は完全に弛緩すると笑い顔になるとも言われている。

まさにそんな状態なのだった。

その横では、吉田俊彦が唇を尖らせていた。地元SGをともに戦ったトシは、魚谷と悔しさを共有しているようでもあった。ただ、魚谷はもうそうした渋面を表に出すことはなく、青ざめている。

それが実は魚谷の悔しさをあらわしているのだと思えば、

たしかに魚谷だけは特別な悔しさを抱いているのだろう。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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で、悔しいに決まっているのに、いつものように朗らかだったのが、

今村豊だ。カポック脱ぎ場では笑顔でレースを振り返り

(森高が無理やり笑顔を作っていた。先輩が笑ってたらしょうがないわな)、モーター返納作業では整備士さんたちと笑い合っている。

帰り際、記者さんの前では今日もミスターオンステージ。

「服部がまくってくれればズッポリ差さるはずだったんだけど、

服部の4号艇はダメだな! 

というか、年寄りを二人並べたらあかんわ!」と責

任転嫁と自虐を大声でまくし立てて、記者さんたちを爆笑させていた。

僕もこっそりその輪の外から眺めて、

大笑いさせてもらった次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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勝者の井口が見せた笑顔は、

もはやいっさい特別なものには見えなかった。

ピットに戻った井口を真っ先に出迎えたのは

湯川浩司と丸岡正典で、負ければボロクソにけなし合い、

剣を交えればこいつらだけには負けたくないと

激しくやり合う銀河系軍団も、同期の優勝には素直に拍手を送る。

心中はには「くそっ!」という思いがあったとしても、

やはり嬉しいことは嬉しいし、「次は俺だ」と心を奮い立たせられるものだろう。井口だって、そこに同期の祝福する顔を見れば、

笑顔がより深まるというものだ。 

それにしても、今の井口は本当に強い。

別の言い方を考えようと、「今の井口は」と書いたところで

タバコ吸いながら唸ってみたが、

出てきた言葉は「本当に強い」という拙いものしかない。

つまり、言葉を失うほどに、井口はノッているのだ。

会見ではグランドスラムも口にしていたが、

まったく大言壮語には聞こえない。

もともと井口の魅力はビッグマウスにもあるから、

それが実に心地よく耳に届いてくるのである。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちなみに、奥様の真弓さんは

今日これから神戸に遊びに行くそうで、

海王に輝いたヒーローは子守りだそうである。

そんな軽口もさらりと言って笑っている井口は、

いまや自信の塊である。これで賞金王出場も完全に当確。

だからといって、手を緩める男ではないから、

さらなる快進撃が見られるかもしれない。

銀河系をはじめとした彼を取り巻く選手の意地の追撃に

おおいに期待しつつ、井口のさらなる独走を見るのも悪くないな、

と爽快な笑顔を見つつ思った次第である。

 

(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)