装着場の真ん中に吊るされているモニター。
JLC解説者の村田瑞穂さんによれば、
「ふっるい型やな~。昔からあるもんな~」。
地デジ時代にはなんともレトロなモニターではあるが、
しかしここは報道陣にとっては大事なレース観戦の場所である。
8R、報道陣がこのモニターを見上げる輪のなかに、
金子龍介と篠崎元志が混じっていた。
スタート。「あっ……フライングやろ」
選手はモニターを見ているだけで、
何かを察知するのだろう。ただし……
バックで返還と表示されたのは④⑤。
「えっ! ④と⑤?」
「僕も内(①と⑥)だと思いましたよ」
西島義則の前付けで深くなったイン水域。
起こしが早いと見えたのか、
金子も篠崎も、西島と石渡鉄兵のフライングと思い込んだようだ。
フライングしたのは魚谷智之と赤坂俊輔。
しかも魚谷は転覆までしてしまったから、
金子は慌てて駆け出して行った。
なお、魚谷はひとまず無事である。
結果的に、ワンツーを決めたのは1コースと2コース。
深い起こしながらも、凌ぎ切った格好だ。
西島は今村豊と笑顔を交えながらレースを振り返りつつ、
並んで控室へ。その後ろには石渡鉄兵が
淡々としながらも安堵の色を浮かべて続いていた。
おそらく、今村と西島の会話は聞こえていたはず。
突然、「そうだろ?」と振り返って
石渡に同意を求める今村。
急に大先輩コンビに問いかけられても、
後輩としては「え、ええ……」と返すしかありませんわな。
その様子が、妙におかしかったりもした。
西島は優勝戦も6号艇。当然、動く。
「70mでも80mでもスタートを行けるアシ」というから、
思い切った進入を見せるだろう。
そのとき、石渡はどうするか。
これがまず、優勝戦の行方を左右する
カギになるのではないだろうか。
9R、勝ったのは池田浩二。
市川哲也がひとつ内に動いたとはいえ、
わりとゆるい進入になったのだから、
池田としては負けられないイン戦だった。
どっちかといえば伸び型、という足色だけに、
明日は西島を入れてのカドという作戦も充分にありうるだろう。
2着の石野貴之は、会見での凛々しさがとにかく印象に残る。
正面から質問者を見据え、丁寧で力強い言葉を並べていく。
しかも、「ゆるい進入になれば、なだれ込んでいきたいと思います」と、西島の動きに合わせてコースを奪いに行くことをも匂わせていた。
揺るぎのない言葉で、だ。
石野の魅力は、やはりこの背筋がピンと通った
ハッキリとした姿勢。
2年前のオーシャンカップの優勝戦、
1号艇でもまったく震えていないように見えていた
メンタルの強さは、会見の様子からもうかがえるものなのだ。
10Rは森高一真が前付けに出て深い進入になっているが、
篠崎元志はきっちりと逃げ切っている。
スタートはやや早いと思って様子を見ようともしたが、
隣の岡崎恭裕が45mでフルかぶりになったことから、
覚悟を決めて全速で行ったとか。
結果、コンマ06。様子を見なくて正解だった。
「ヤスくんのおかげで放りたかったのに放らずにすんだ!
ありがとう!」 11Rが間近に迫ったころ、
装着場で岡崎と顔を合わせて、笑いかける篠崎。
転覆してしまった岡崎の心中は複雑なものがあるだろうが、
かわいい後輩の勝利、
そしてSG初Vのチャンスは嬉しいものでもあるはずだ。
なお、岡崎も身体は無事。魚谷や赤坂とともに、
明日は少しでも憂さを晴らせる走りをしてほしい。
このレースは2番手争いも熱かった。
いったん2番手に上がったのは柳沢一。
SG初準優での初優出はほぼ手中に収まったようにも見えていた。
ところが、2周1マークで湯川浩司が渾身の切り返しを見せた。
これが見事に決まった瞬間、
装着場モニターの近くにある選手控室から、
「ウグゥゥアァァッ!」と悲鳴があがった。
見ると、吉田俊彦が頭を抱え、顔を歪めている。
ん? 吉田は湯川と同じ近畿地区、ここは歓声ではないのか。
そうだ、吉田と柳沢は同期ではないか。
ちょっと待て、そういえば僕の隣でも小さな悲鳴があがっていたっけ。中村亮太だ。亮太も同じ86期の同期生だ。
「レース前にグラチャン、カクろーね、って言ってたんですよ」
グラチャン、吉田拡郎? 何じゃそりゃ。違う、
カクろーは確ろー→確定させようである。
来年のグラチャンは柳沢の地元である常滑開催。
SG優勝戦完走で出場権を得られるのだから、
準優2番手ゴールは念願をほぼ手に入れたのと同義なのであった。
しかし、柳沢は逆転されてしまった。
亮太も残念そうに溜め息をつく。
吉田もトボトボとエンジン吊りへと向かう。
もちろん、いちばん落胆していたのは、柳沢本人である。
湯川は会見で、そのシーンについて
「今年最後の勝負駆けをしました」と言った。
湯川にしてみれば、先の話ではなく、
目の前の戦いが地元SGなのだ。
地元SGの優勝戦が懸かっているのだ。
思い入れは柳沢と何ら違いはない。
そこでキャリアの差を見せつけたということか。
ほとんど笑いのない、湯川にしては珍しい会見の様子を見ながら、
湯川の思いの大きさ、あるいは強さを見た気がする。
湯川は今、これまでとはまったく
別のスイッチを入れているのかもしれない。
(PHOTO/中尾茂幸=西島、柳沢、湯川
池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)