無言の涙
12R優勝戦
①峰 竜太(佐賀)19
②辻 栄蔵(広島)18
③井口佳典(三重)14
④前本泰和(広島)21
⑤丸岡正典(大阪)17
⑥坪井康晴(静岡)22
泣き虫竜太が、私の知る限りはじめて嬉し涙を流した。単に嬉しいだけではない、安堵の涙でもあっただろう。やっとやっと、おめでとう、峰リュー!
スリット隊形では、ヒヤリとさせられた。3コースの井口が、舳先をツンと突き出している。瞬間、これまでのあれやこれやの“悲劇”が脳裏をよぎる。
まさか、今回も……??
ほんのわずかなビハインドで悲観的になってしまうのは、ずっと峰のSGを観てきた私の心の中にもトラウマが宿っているせいか。そんな不安をあざ笑うように、完璧に仕上がっていた峰44号機はグイグイ伸び返し、1マークの手前ではぴったり舳先を並べていた。峰の上体が激しく傾く。極めて独創的なモンキーフォームとともに鋭角に180度旋回したその舳先は、一瞬にして後続を2艇身ほど突き放していた。渾身の全速差しを放った丸岡も前本も、卓越したスピードの前になす術なく敗れ去った。見てくれこのターン、これが峰竜太だ。
一人旅のゴール。峰は右手を上下に小さく揺さぶったが、それはガッツポーズとしてはひどく半端で不器用なものだった。
「3周目くらいから泣きはじめて、ゴールでは震えてました」
やっぱり、泣いていた(笑)。ヘルメットでそうとは気づかない観衆は、ゴールの瞬間、ほぼ一斉に拍手しはじめた。何人かが叫んでいる以外は、みんな無言で手を叩き続けていた。白井英治のときは本人も若い観衆も拳を突き上げて喜びを爆発させたが、そうではなかった。ひたすら拍手、拍手。ちょっと意外なリアクションではあったが、すぐにこんなことを思った。
みんな、それぞれの思いを巧く言葉にできないのではないか。
白井英治の場合、ニュージェネレーションなど若手が一気に台頭して彼の地位を脅かし「もしかしたら、このまま一生獲れないのではないか」という不安の中での劇的な初優勝だった。そんな本人とファンたちの不安(フラストレーション)が一瞬にして解放されたような光景だった。峰の場合は、リアルタイムの最強者(老若男女の誰もが認めるところだろう)が悔し涙とともに敗れ続けてきたのだ。
「あなたの思いは、ファンの思いです」
荻野アナの言葉そのまま、「いつか必ず来るべきものが、いつ本当に実現するのか、いつまで待てばいいのか」というもどかしい思いが、峰とファン(おそらく峰のファンでなくとも)の心に蓄積されていった。それが今日、ついに実現したのだ。リアルタイムで待ち焦がれたものの実現。
ゴールした峰がゆっくりスピードを落とし、同時に花火が舞い上がったとき、私は左隣の男性の顔を見てハッとした。身長180cm、体重90キロもあろうかというその男性の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちていた。一言も言葉を発することなく、男泣きに泣いていた。右を見ると、友人の敬ちゃんも目を真っ赤にして泣いている。あの蒲郡で悪夢の大逆転を食った峰に対して「負けて泣くな、泣くからお前は勝てねえんだ、負けて泣くな、勝って泣け!」と叫んでいた敬ちゃんも、今日は黙って“もらい泣き”していた。
無言の拍手と無言の涙。これは丸亀のスタンドだけでなく、全国津々浦々のボートピアや外向け場外、居酒屋、そして自宅の片隅で同時多発的に起こったに違いない。言葉がなくても、みんな同じ思いなのだ。嬉しさと安堵と、やっとやっとやっとコレを目撃できたという思い。気づけば、私もまた無言で花火が鳴りやむまで手を叩き続けていた。うん、もう一度、書かせてもらおう。
峰竜太、やっとやっと、おめでとう!
(TEXT/畠山、PHOTOS/シギー中尾)