11R発売中、岡崎恭裕が展示の準備に向かう道すがら、「スローで行きます」と話しかけてきた。本場で行なわれた優出インタビューやテレビ関係のインタビューでは3カドを表明していた岡崎は、しかしスタート練習での感触からスローを選択することを決意。JLCにも伝えたそうだし、僕は地上波中継のピット解説に出演していたので、それを知らせてきたのだろう。岡崎は常々、「舟券を買ってくれているお客さんがいるから」と口にする。道中も決してあきらめずに猛然と追い上げるのもそうだし、「レースを楽しむなんて言えない」というのもそういうこと。時にクールにも見える岡崎は、その実、ファンに対しての熱い思いを抱いている。だから、3カド宣言を覆すことを舟券を買う人たちに(全員とはいかなくともテレビを見ている人には)伝えたいと考えたのだろう。もちろん、その後のスタート展示も3コーススローに入っている。
3カドのスタートはわからなかったそうだし、スローでもダッシュでも感触は変わらなかったというから、それがベストを尽くした岡崎の戦略。ただし、それは結果にはつながらなかった。モーター返納を終えて、岡崎は僕の顔を見て悔しそうに笑った。そう、悔しそうに笑った、という表現が絶対的に正しいと思う。47号機によって盛り上がればいい、と口にはしたものの、やはり本音中の本音は「勝ちたかった」ということになろう。勝てる手応えもあったが、勝負は時の運ということもある。運が自分に向かなかったことは、かえって悔しさを増大させることがある。その悔恨の情が、逆に顔に笑みを浮かべさせることはあると僕は思っている。
岡崎の野望を打ち砕いたのは井口佳典だ。あの2コースまくりはお見事というしかない! 岡崎が攻めるよりも先に自分がまくりに打って出た。それは岡崎の攻め筋を消し、さらにインの意表を突くかたちで決まった。ボートレースで完勝という言葉はインコースに対して使うもののような気がするが、このジカまくりはまさに完勝という言葉がふさわしい。
レース後の井口は、決して喜びを派手にあらわしたりはしていない。井口を出迎えに走った新田雄史や安達裕樹のほうにむしろ高揚感を強く感じたくらいで、井口自身は冷静に喜びをじわじわと味わっているように見えた。ただひとつ、地上波中継の優勝者インタビューでゲストの長谷川穂積さんと会話を交わしたときは、じんわりと頬に朱が射し、少しウェットな顔になった。井口は艇界きってのボクシングファン。やはりボクシング通の篠崎仁志が「僕と対等に話せるのは井口さんくらいです」なんて言っていた。だから、元世界チャンピオンと話ができて、SGウィナーというより一ファンになった感じなのだ。出演者だった僕はそれを間近で見ていて、なんだか嬉しくなってしまった。SG制覇のご褒美としては、井口にとっては特上のものだっただろう。
その井口にまくられたのが白井英治だ。白井はSG優勝戦1号艇は2回目。初めての体験は14年グランプリで、このときは3着に敗れている。レース後の白井は、意外とサバサバしていたのを覚えている。トライアル無傷の連勝で臨み、しかし完全優勝を阻まれたというのに、白井は「自分のスタートを行ったし、仕方ない」と語った。外からキワのスタートを踏み込まれての敗退は、まだ自分を納得させるだけのものがあったのかもしれない。
しかし、今日の白井は明らかに憤っていた。モーター返納を終えて控室へと向かうなかで、報道陣を振り切るような場面もあった。本音としては何もしゃべりたくないほど、屈辱を覚えていただろう。もちろん、憤りが向けられた先は己だと思う。1マークのターンは、僕には井口のまくりを想定していなかったものに見えた(あるいはまくりを警戒していた相手は岡崎のみだったか)。それもまた、悔しさを募らせるものだったか。そして、優勝戦1号艇をモノにできない屈辱、というものを今、知ったかもしれない。白井は1号艇以外で優勝戦に敗れ続け、苦悩し、それを振り払ったSG初Vも1号艇以外だった。正直、1号艇に乗っていればもっと早く獲ったと思うし、その後ももっと1号艇で乗っていたら量産していただろうし、逆に言えばそれほど1号艇に恵まれなかったことも驚きである。白井の無念を何度も目の当たりにしてきたが、今日のそれは明らかにこれまでと異質だった。そして、その大きさもこれまでで一番だったかもしれない。
外枠の3人。瓜生正義は微笑も見えていたし、穏やかなレース後だったと思う。寺田祥も表情を大きく崩したようなところは見かけなかった。峰竜太は笑顔も見せていて、まあ、最近の優勝戦後でいえば、いつも通りではあった。ちなみに、上位3人はメダル授与式に向かったわけだが、井口と瓜生は移動車でスタンバイしていたのに、峰が先輩2人を待たせていた(笑)。井口も瓜生も、仕方ないなあ、ってな感じで笑っていて、なんとも微笑ましかった(もっとも、峰はレース後、競技本部に呼び出されてもいる)。スーパーエース機が3号艇にいて、その外枠で、という状況は、やはり展開を待つことになりがちである。それもあってか、やや淡々として感もあった外枠勢なのであった。
18年SG開幕戦。とにかく、井口佳典に痺れました! レースぶりも、その後のたたずまいも、とにかくカッコ良かった。この素晴らしい開幕戦の余韻が、今年のSGすべてに伝染しますように。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)