BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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優勝戦 極々私的回顧

『チヒロ64』

12R優勝戦
①大山千広(福岡) 01!!!!
②田口節子(岡山) 09
③今井美亜(福井) 07
④大瀧明日香(愛知)14
⑤松本晶恵(群馬) 15
⑥遠藤エミ(滋賀) 19

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 ったく、なんちゅう娘じゃ。
 デビューから4年と3カ月、若干23歳の娘がすべての女子レーサーの頂点に立った。レディチャン史上、最年少での女王戴冠。そのスタートがまた凄まじい。コンマ01、キワキワのタッチスタート。フライングの危険を察知した千広はスタート直前、もぐら叩きのもぐらのようににゅっと上体を突き上げた。本当にギリギリの判断で、あれがなければ軽く臨界点を超えてレース史に暗い影を残したことだろう。よくぞ生き残ったし、生き残った以上この大胆不敵な踏み込みは賞賛に値する。ったく、なんちゅう娘じゃ。

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 スタート直前に激しくアジャストしたにも関わらず、『チヒロ64』は例によって素晴らしい行き足で他艇を置き去りにした。余裕たっぷりのインモンキー。3コースの今井美亜が乾坤一擲のまくり差しで迫ったが、出口からの勢いが違う。今井の舳先をさらり振り払うと、バック中間では後続を5艇身ほどぶっちぎっていた。

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 今節、私はひょんな縁から千広のレースだけを特別な視点で見つめ続けた。「64号機の相棒」という視点。2カ月ほど前に蒲郡64号機のストレート足に惚れ込み、BOATBoy誌で「レディチャンでは64号機を買い続ける」と宣言し、誰の手に渡るかウキウキしながら蒲郡に乗り込んだ。モーター抽選で千広が引き当てた瞬間は「あちゃ、人気にしすぎて妙味がないな」などと思ったものだが、同時に「この天才少女はどんな風に64号機を乗りこなすんだろ」と興味深くもあった。

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 いざ実戦、大山千広×64号機は初日から私の期待を裏切った。想像をはるかに超えるほど強い、という意味で。緒戦は一撃の4カドまくり。コンマ17のスタートで、コンマ12のイン選手をハコまくりで飛び越えた。2戦目のイン戦は、4カド今井美亜の強烈な絞めまくりをありえない伸び返しで撃退した。
 64号機ありきの立ち位置からこのふたつのレースを目の当たりにした私は、なんと言うか、陶酔とも呼ぶべき感覚に襲われた。
 64号機のパワーは期待どおりに強力だが、パワーだけの連勝ではない。大山千広のレースセンスは評判どおりに卓越しているが、個人の力だけの連勝ではない。今日の連勝は、ふたつの“才能”が合体して生み出した質の高い作品だ。
 ボートレースに染まって20年、選手×モーターの重要性を痛く感じ取ってきたつもりだが、こんな風に考えたのははじめてだった。
 3戦目、千広64号機が6コースから凄まじいまくり差しを決めた瞬間、「これは作品以外の何物でもない!」と確信した。思考は飛躍する。
――ボートレースの一節間っていうのは、主人公(選手)と偶然に巡り合った共演者(モーター)によって作り出される短編の連続ドラマだ。主人公と共演者の力量、相性によって駄作にもなれば、人生最高の傑作にもなりうる。でもって、今節の千広×64号機の共演は、あるいはボートレース史上に残る大傑作を生みだすのではないか。
 そんなことを考えはじめた。得体の知れない陶酔感と倒錯感。モーターに心がないことくらい分かっている。もちろん心はないけれど、選手が自分の様々な思いや情熱を相棒であるモーターに注ぎ込み、その信頼関係でさまざまな高いハードルを乗り越えていこうとする。つまりモーターは選手の心と技量を映す鏡であり、ならば「モーターには心がある」と言ってもいいのではないか。そしてそして、こんなことまで考えたりした。
 今節の64号機は、大山千広という娘に恋したのではないか。

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 うーん、ちょっとビョーキか。とにかく2日目あたりから私はこの“カップル”をチヒロ64と勝手に呼び、勝手に愛で続けてきた。ふたりが育み奏でる作品に酔いしれた。4日目の3着で連勝が途切れたときには「連続ドラマには挫折も必要、これによってふたりの絆はもっともっと深まる」なんて思ったり、準優で勝った直後に千広が足落ち云々を口にしたときには「いかん、ふたりの関係にヒビが入るかも。もちろん相手を心配するのは大切なことだが、最後の最後まで相手を信頼して愛し続けることが何よりも重要だぞ」なんて思ったり、今日の優出インタビューで「10点」という自己評価を見て「ああ、これで大丈夫、間違いなく最高傑作ができる!」と確信したり……やっぱこれを書いてる今もビョーキか。

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 とにもかくにも、チヒロ64が相思相愛で作り上げた最高傑作に拍手拍手! 今節の64号機が他の選手に渡っていれば別のドラマが生まれるけれど、6コース勝ちも含めた111131①という一大傑作にはならなかった。千広が他のモーターを引いても然り。変な立ち位置ではあったが、そんな素敵なドラマを開幕からフィナーレまでじっくりしっかり見届けることができて、実に幸せな7日間だった。おそらく大山千広も、最高の共演者とともに過ごした7日間を生涯忘れないだろう。(photos/シギー中尾、text/畠山)