BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――落ち着き

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 9R発売中、10R発売中あたり、すなわちレースが刻々と近づいていたころ、深谷知博の姿はさまざまな場所で見られた。たとえば、整備室の機歴簿の前。たとえば、プロペラ調整室の出入口前。このタイミングで今さら機歴簿を見る必要があるのだろうかと訝しかったし、ペラ室に入るわけでもなくたたずんでいるのも不思議だった。控室へと向かう自動ドアから消えていったかと思うと、ほんの数十秒後に整備室のほうからあらわれてみたり。その前には係留所で回転調整などを行なってもいたが、その後はどこか手持無沙汰であるように見えたのだった。

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 先入観がこちらにあるからだろうか。落ち着きがないのではないか、と僕には思えた。ただし、それがレースに影響するかどうかということは考えなかった。SG初優出が1号艇。いつも通りの精神状態でいられることのほうがおかしいし、それができていたとするなら逆に緊張感が足りなさすぎるのではないかと思えただろう。それでも、これが初のSG戴冠に最も近い位置にいる者の象徴的な姿だろうとは感じた。あとは、それを水面に引きずらないことが肝要だと。

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 レースは落ち着いた逃げ切りだったと言っていいだろう。コンマ06のトップスタートから、外の攻めを寄せ付けない先マイからの押し切り。文句なしだ。だからだろう、ピットで見守っていた仲間たちは実に落ち着いたもので、静かに先頭を走る深谷を見つめていた。対戦相手にも見守っていた者たちにも有無を言わせない完勝! 

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 ピットに戻ってくると、出迎えたのはもちろん徳増秀樹と菊地孝平。笑顔でハイタッチを交わし、徳増には肩を抱かれてもいた。そうか、今年のグランプリはこの3人で臨むのだ! 若き後輩が、この輪に入ったことを先輩たちはどう捉えただろう。僕の目には、3人もテンションを爆上げするような雰囲気はなく、クールにこの勝利を喜び合っているように映った。

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 優勝会見でも実に落ち着いた受け答え。深谷いわく「(冷静でいることが)最もベストを尽くせることだと考えている」。それについてはもちろん同意するが、しかし簡単なことではなく、特にSG優勝戦1号艇でそれを貫くのは絶対に容易ではない。事実、僕には落ち着きをやや欠いたレース前、と見えたのだ……。それでも、レースではその信条のようなものをしっかりと実践し、初のタイトルを手にした。そのことはきっと、深谷のその信念をさらに図太いものにするだろう。

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 平和島グランプリでも、そんな姿を見せてくれるだろうか。あの舞台は、とてつもなく“特別な舞台”。以前は「初出場では優勝できない」というジンクスが厳然と立ちはだかっていたのだ。今はそれは古い物言いとなっているが、あらゆるレースのなかで最も冷静でいるのが難しいレースであるのは間違いない。そこで深谷がどんな戦いを、あるいは戦いぶりを発揮するか、おおいに楽しみである。ともかく、深谷知博よ、おめでとう!

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 1周バックでは静かだった選手仲間たちがにわかに賑わいはじめたのは2マーク。2番手争いが熾烈になっていたのだ。バックでは上平真二、枝尾賢が並走していたが、毒島誠が切り返し気味に先マイし、その間隙を縫って佐藤翼も差し上がり、上平も枝尾も差し返しに出た。2マーク出口では4艇並走に見えたのだから、選手たちは大盛り上がりだ。特に最内優位に見えた枝尾界隈(ニッシーニャとか)は声をあげていて、2周1マークで先行する毒島に切り返しを浴びせたときには「ヨイショッ!」という掛け声が轟いた。
 しかしそれは実らず。2マークの混戦は外並走だった枝尾には厳しい隊形。瓜生正義も「あれは難しいよね」と慰めていたし、枝尾自身「あそこはどうすればよかったんですかね……」と悔やんだ。そんななか、果敢に2番手を狙いにいったことにナイスファイトと声をかけたい。

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 ようするに、2マークの毒島が見事だったのだ。2周目ホーム中盤あたりでは完全に前に出ていた。結果、①-②の順当ラインが出来上がることに。1マークは失敗気味のターンだっただけに、毒島は最低限の着獲りを果たしたと言える。とか言いつつ、優勝戦では選手はそこにあまり意味を見出せないのも事実。レース後の毒島はとにかく悔しそうで、モーター洗浄の際にこちらに気づくと、眉間にシワを思い切り寄せながら目を細めてきて、マスク越しで声は届いてこなかったが、「チクショー」という心の声ははっきりと伝わってきたのだった。

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 バックでは優位に見えていた上平真二はいつも通り淡々としたレース後。エンジン吊りやモーター返納を助けてくれた前本泰和先輩に深々と腰を折っていたのが目立つ程度で、ようするに上平らしいレース後であった。内心は複雑な思いが渦巻いているはずだが。YouTubeの更新、楽しみですね。

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 また、6着大敗の金子龍介も、淡々というか、サバサバとしているように見えた。もちろん悔しい思いはあったとは思うけれども、それをあまり表にあらわすことなく、テキパキと作業を終えて控室に消えている。

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 最後は3番手を獲り切った佐藤翼。そのことに対する歓喜やら安堵やら充実感やら、あるいは笑顔やらはいっさい見当たらなかった。6コースだから3着で良し、とはならないよね。しかし今節をおおいに盛り上げてくれた一人であることは間違いなく、敢闘賞を与えられる活躍だったと思う。このままいけばグランプリシリーズ出場の目は十分にありそう。SG常連となって、さらに大きく羽ばたいてもらいたいと願う。

 

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最後は水神祭!

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 SG初優勝、本当におめでとう!(PHOTO/池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)