準優で歓喜の涙を見るとは、ちょっと想像していなかった。
優出会見で、向井美鈴が感涙をこぼしたのだ。
産休明け後に不調が長く続いたことについて振られた向井は、
その間のつらかった日々とそれでも努力を続けて
完全復調を目指したことを思い出したのか、感極まった。
「ずっと調子が悪くて、思うようにいかなくて……(優出できて)よかったです(涙)。コツコツやってきたので……嬉しいです(涙)」
その後も声は震え、時に泣き出しそうな様子になったりしながら、
向井は心境を語った。必死に涙をこらえようとし、
「すみません」と言っては笑顔を見せようとした向井がいじらしく……。アシは準優組の中でも弱めと言われていたが、
今日はずっと来なかった乗り心地が納得できるレベルにまで
上向いたという。充実感を手に優勝戦に臨む向井を、
6号艇だからといって侮ることはできないぞ!
GⅠ初優出に感激していたはずの細川裕子。
泣くならこちらかと思っていたが、実にサバサバした様子。
池田明美とは激しすぎるハイタッチを交わして、
「イタタタ」と笑顔で手を振り下ろしていた姿は微笑ましかった。
その細川は、会見で気になる一言を言っている。
「せっかく優勝戦に乗れたので、失敗を覚悟のうえで、
したいことをしたいと思う」 したいこと……
これは「チルト3度も含む」そうだ。明日は朝から調整するとのこと、
現時点では五分五分だというが、
チルトを跳ねて大外に回る可能性が生まれた。
もし3度を駆使してくれば、優勝戦はさらに面白くなる!
ただし、今節も何度か試運転で試してはいるが、
「微妙(苦笑)」とのこと。そもそものエンジン傾向がバランス型で、
それもあって「今まででいちばん乗り心地がいい」というアシに
なっている。そのほうが優勝のチャンスがあると踏めば、
セッティングを変えずに優勝戦に臨むだろう。
その場合の「したいこと」とは、前付けを匂わす
日高逸子を内に入れずに4カド、ではないかと思うのだが、果たして。
そう、日高逸子には前付けの可能性がある。
なにしろ、準優10Rでも2コースを奪っているのだ。
展示では枠なりだったのに。ただし、展示でも動く気配は見せている。日高曰く「宇野さんのピット離れが悪そうだったので、
獲れれば獲りたいと思った」そうだ。
そして明日については「1つでも内が好きなんですけど」。
5号艇という比較的動きやすい枠になったことで、
当然、前付けは視野に入ったはず。
進入のキーマンは間違いなく日高、
そしてチルトも含めた細川だろう。
日高は自身のもつ女子王座最年長Vの更新を振られて
「更新できたらいいですね」と笑っている。
そして「マスコミの人はかわいいコが優勝したほうがいいと
思いますけど」と断わったあと、「がんばりますっ!」と
めちゃくちゃかわいく締めている。
グレートマザーにかわいいなんて言ったら失礼か?
でもかわいかったんだから、仕方ない。
さらに、「宇野ちゃんのファンの人、すみませーん」と笑いながら、
会見室を去って行った。日高さんの茶目っ気、最高です!
1着組は、昨年女王に絶対女王、
節イチパワーと、順当な面々になった。
多摩川では、対岸のビジョンが見やすい
試運転係留所端っこのあたりに選手が出てきて、
レースを観戦していることが多いのだが、
その“観客”たちがもっとも静かにレースを眺めていたのは、
池田明美の勝った11Rだった。
10Rでは日高の進入で「えーっ!」と意外な出来事に
驚く声があがり、12Rでは1マークを回った時点で
大きな拍手が起こっている。
しかし、池田の11Rは実に淡々と観戦されていた。
池田浩美ももちろん、そこにいたというのに。
「節イチと言っていいと思います」
会見でもそう宣言していた池田のパワーは、
おそらくすべての選手が認めているのではないか。
優出組からも、ストレートの池田の威力を認める声は
次々と上がったくらいだ。ということは、
ある種、もっとも順当と仲間に思われていたのが、
池田明美だったのかもしれない。同じことを優出組も
思っているのだとしたら、もっとも警戒されて
水面に出るのは池田ということになるのだろう。
ただし、だ。田口節子は会見でこう言った。
「このメンバーなら大丈夫だと思う。負けることのないレベルにあると
思います」 機力のメンバー比較を問われて、そう答えたのだ。
田口は池田さえも眼中にないというのか。
「去年はまったく緊張しなかったんですけど、
今年はそういうわけにはいかないと思うので、
どうメンタルをもっていくか、ですね」
田口は昨年の年頭に、意識改革を誓ったという。
2011年という年は、成績にこだわらずにまずそれを貫くことを考えたというが、3月にいきなり女子王座制覇という結果を出した。
そのうえで、メンタル面の強化を考えつづけ、
それによって明らかに変化が生まれたと田口は実感している。
しかし、予選1位→優勝戦ポールポジションという状況は、
田口に重圧を強いるだろう。
児島周年の準優1号艇でとてつもなく緊張したように。
田口もそれをすでに意識しており、
だから池田のパワーを脅威と感じる心を
抑え込もうとしたのではないかと思う。
ただ、田口はその児島周年で失敗を経験している。
その原因をも自覚している。それは大きかったと思うのだ。
もちろん、糧になったという意味で。
「今日は2等では意味がないと思っていた」
田口は、予選トップ通過したことで、あえて重圧のかかる舞台を
心から望んだ。それしかないと考えていた。
それだけでも、田口は強いハートを手にしたのだと
言い切れるのではないか。
だとするなら、田口の1号艇には、死角が少ないというしかない。
で、横西奏恵。風格はやっぱり抜けているし、
会見では余裕も見せていた。
「2号艇は好きじゃないので、1か3がいいです(笑)。
日高さんが動く? 2号艇なら入れてもいいかな。
ちょっとエサ撒いて、その気にさせてもいいかな(笑)」
実に楽しそうにそう語っていた。
結局、3号艇になったので、日高の前付けを入れる気は
なくなったかもしれないが、この余裕は絶対女王にとっては
強烈すぎる武器であろう。
自分から記者さんに「質問どうぞ」と振ったくせに、
だったらとダンナさんのことを聞かれると
「プライベートなので(笑)」と照れてスルーしたあたりの掛け合いも
楽しそうだったな。田口にとって、もっとも厄介なのは
やはりこの人だろうし、優勝戦の軸となる見どころは
文句なしに田口節子vs横西奏恵の真っ向勝負であろう。
最後に敗者についても触れておきたい。
もっとも悔しい敗れ方をしてしまったのは、宇野弥生であろう。
ピットに戻ってきた宇野は、ヘルメットをかぶったまま
エンジン吊りを行ない、最終日前日恒例のボート洗浄でも
ヘルメットを脱がず、さらに控室に戻るまで
ヘルメットをとろうとしなかった。
涙を隠していた、なんて言うのは深読みに過ぎるが、
しかし宇宙一女子リーグを見ている男こと
BOATBoyの女子バン・森喜春に訊くと、
「勝ったときには、すぐに颯爽とヘルメットを脱いだりする。
今日の宇野さんは本当に珍しい」とのことなのだ。
結局、表情はうかがうことはできなかったのだが、
一瞬だけ見えた口元は、唇をギュッと噛み締めるものだった。
もし2コースを譲らずにいたら……そう考えれば、
後悔がつのってもおかしくはない。
いったんは2番手を走った香川素子も
相当に悔しい敗れ方だったはずだ。
2マーク、引き波をなぞって向井に逆転を許して
優出を逃したのだから、ピットに上がってきて
顔をしかめるのが当然だ。
ともに3コースを走った2人が味わった屈辱の思い
。最終レースでは3コースの細川が果敢なレースで2着を獲り切り、
その明暗がくっきりしてしまったことがなおさら、
2人の敗戦をせつなく感じさせた。
(PHOTO/中尾茂幸=1着組 池上一摩=2着&敗者組 TEXT/黒須田)