BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――心優しき名人誕生

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 「ヤマちゃん、どうした……?」

 水面際で観戦していた選手も、思わず首を傾げてつぶやく。山室展弘の謎の進入。どんな進入だったかは、回顧記事に任せるが、これまで見たこともない待機行動であった。

「なんか間違えたか?」

 百戦錬磨の匠たちでさえ、何が起こったのか理解していない様子で、誰もが呆然としているといった雰囲気だった。

 レース終了後も同様。ピットに戻ってきてボートリフトに艇を乗せたとき、隣り合わせになった今村豊が山室に声をかけている。イン争いの当事者だった西島義則も何か声をかけていた。陸に上がると、同期の松野京吾が笑いながら「なんやー、あれ」。結局、山室は皆の脳裏にクエスチョンマークをたくさん植え付けたことになる。

 モーターを返納しながら、優出メンバーに詫びている山室の姿があった。もちろん、結果に対して山室自身、納得はしていないだろう。とにもかくにも、この名人戦をおおいに盛り上げ、騒然ともさせ、話題を巻き起こした山室展弘。やっぱりビッグレースには欠かせない存在であるのは、間違いない。

 

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 西島義則は、とにかく気合が入っていた。前検時は55kgで、優勝戦の出走体重は51・5kg。この節間も、徹底的に減量をしていたのだ。レース前の表情や足取りはひたすらに力強く、ハッキリと決意のようなものが伝わってきたものだった。

 レースぶりにも気合があらわれていたのは、ご覧になった方なら納得だろう。闘志むなしく敗れた西島だったが、最後まで鬼気迫る戦いを見せてくれたと思う。

 レース後は比較的サバサバしているように見えたが、とにかく素早くモーター返納を終わらせていたので、表情の変化などはあまり読み取ることはできなかった。誰よりも早く着替えを終えて整備室に駆け込み、誰よりも早く整備室を後にしたわけだが、敗戦へのいら立ちを紛らわすためにさっさと帰ろうとした、みたいな物言いをしたら、それは深読みがすぎるだろう。

 

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 対照的に、いちばん最後まで整備室に残ったのは今村豊。のんびり返納作業をしていたのではなく、返納を終えるとペラを磨き始めていたのだ。そう、自分のペラで戦うのはこの優勝戦が最後。だからいたわるためにペラを磨いた、などと言ったら、これも深読みということになってしまうが、しかしペラへの愛情を感じてしまう動きであったのはたしかである。

 今村もまた、悔恨を強く見せるわけではなく、サバサバとした様子。もっとも、SGの優勝戦であっても同様ではあるから、切り替えて次の戦いに照準を合わせようとしているということだろう。

 

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 瀬尾達也、吉本正昭も、雰囲気は変わらなかった。瀬尾はもともと、派手に歓喜や悔恨を表現するタイプではないので、これも意外なことではない。吉本も黙々と返納作業をしており、帰り際に挨拶をすると穏やかに微笑みを返してくれたりもした。

 ようするに、レース後にはそれほど大きな動きがなかった、ということになる。瀬尾の返納作業を見届けて整備室を後にする岡孝に挨拶をすると、「お疲れ様でした。また来年もお世話になります!」とニコヤカに返してくれた。そう、名人戦は来年もある! この季節になれば、毎年リベンジの機会が匠たちには訪れるのだ。この淡々とした雰囲気は、ひとまずそういうことなのだ、ということにしておくとしよう。

 

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 さて、優勝は井川正人! これがGⅠ初制覇である。54歳4カ月のGⅠ初優勝は、あの万谷章(06年名人戦)に次ぐ歴代2位。「これまで脇で見上げていた人間が、中心になってしまったらどうなってしまうんだろう」と言って照れ笑いする男が、大仕事をやってのけたのだ。

 山室の回り直しで呆気にとられていた水面際の選手の輪の中から、突如歓喜が沸き上がったのは、まさに井川がまくり切った瞬間だ。山口哲治がガッツポーズして「やった! 井川さんだ!」と叫んだのだ。モニターでは瀬尾達也の差しが迫っているようにも見えており、井川が先頭で2マークに到達するのが確認できたときには、もういちど「やった!」。今村、西島、山室ら錚々たるメンバーをこの大舞台で打ち負かしたことは、井川自身だけでなく、ともに長く戦ってきた仲間をも興奮させたわけだ。

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 レース後の井川はもちろん笑顔笑顔笑顔! 会見では「夢心地ですね~。先頭に立ってからは無我夢中でした」と笑っていた。なんだか、自分なんかが獲ってしまっていいんだろうか、的な笑いにも見えたが、獲っていいに決まってます!

 お孫さんの話を振られて(初孫だそうです)「かわいいです~、はい。ははははは!」と照れる、心優しい名人の誕生は、ひたすらハッピーである。

 

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 で、もちろん水神祭が行なわれております! 同県の山口哲治、山口博司、あとは地元の山口勢という“山口だらけの水神祭”。水面に思い切り放り込まれた井川はびしょ濡れになって、やっぱり最高の笑顔を見せていた。

 これで来年の総理杯への出場権を手に入れたわけだが、なんと、それがSG初出場! 決して派手とは言えないが、長く一線で走り続け、もちろん努力も続けて、最高峰の舞台に井川は辿り着いた。「いや~、まだまだぜんぜん考えられないです」とやっぱり照れ笑いを見せていたが、その笑顔こそが多くの人に勇気を当たるのは間違いない。(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)

 

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山口だらけの水神祭!