BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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芦屋グラチャン優勝戦 私的回顧

モンスター差し

 

12R優勝戦

①吉田俊彦 12

②太田和美 12

③井口佳典 09

④重成一人 09

⑤山崎智也 11

⑥魚谷智之 07

 

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 ファンファーレと同時に、6艇が飛び出す。この瞬間、急に雨が強くなった。小回り防止ブイを回って、土砂降りに。同時に、風も強まった。だらりと垂れていた向こう正面の旗が、さわさわと2マーク側にはためいている。

「ファンファーレが、聞こえんくなったぁ」

 隣にいた若者が、ちょっと嬉しそうに彼女に言う。どんどん強くなる雨風。1マーク付近で被りついていた私のズボンが、30秒で水浸しになった。視界が霞む。

 この急変は、誰に味方するのかな。スリット、バラけるのかな。

 

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 穏やかな待機行動を見ながら、そんなことを考えていた。

 12秒針が回る。水面を叩く激しい雨音とスタンドの歓声が共鳴して、どちらの音なのかわからない。スリット。さすがだ、それなりに揃った。大外の魚谷がわずかに覗き加減だったが、今節の魚谷はそこからのひと伸びが足りない。誰もが仕掛けにくい隊形になった。

 やはり、俊彦か!?

 

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 そう思いつつ、私は太田だけを見ていた。智也の頭舟券しか買っていないのに、なぜか太田。書いている今は、なるほどそうか、と思う。今節の太田には、それなりの愛着と思い入れがある。前検横綱に指名したのが、山口剛と太田。山口は早々にフライングでV戦線から離脱した。太田への評価は日々揺れつつも、「全部がいいバランス型で、節イチ候補」と言い続けてきた。

 そして、優勝戦1号艇の吉田俊彦は、前検からまったくのノーマークだった。伸びよりも回り足を重視した、いつもの俊彦スタイル。その程度の感想しかなかった。それが、あれよあれよの予選トップ、準優圧勝、優勝戦1号艇である。準優の足は、全部が良かった。俊彦本人も「ほぼ節イチ」と言いきっている。

 だがしかしそれでも、太田の方が強い。優勝戦で、それを証明してみせる。

 

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 そんな頑なな思いが、知らず知らず私の中に渦巻いていたのだろう。

 1マークの手前、太田は外の井口を牽制しつつ、差しを選択した。ただ、ハンドルを入れる前にスッと直進して、俊彦に半艇身ほど覆いかぶさるように見えた。まくるつもりはないのに、ちょっとだけ仕掛けたような。その分、俊彦の艇が邪魔になり、差しハンドルが遅れる。太田の艇の動きがスローモーになり、俊彦の艇が完全に抜け切るのを待ってから、スパンと差しに構えた。

 この一瞬の仕掛け?は何だったのか。ターンミス?

 などと瞬時に思いつつ、ハッと目をみはる。ターンマークすれすれ、舳先をブイに舐めさせながら、太田は超鋭角に1マークを旋回した。ド迫力のモンキーだった。

 この差し、俊彦に届く??

 

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 やっと私は、視界を広げる。角度的に肉眼ではわからないから、モニターを見る。届いていた。確実に舳先が入っている。やや俊彦の方が前にいたが、インサイドで太田のパワーなら、絶対に負けない。2マークを先取りして、太田が勝つ。勝ってくれる。バック中間でそんなことを思ったとき、私はやっと気づいたのだ。アタマ舟券が一枚もない太田を、必死に応援していることに。

 

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 太田と俊彦の後方に、私の本命の智也がいた。ここで、はじめて智也を見た。智也が内に切り込み、ダメ元の勝負に出た。この奇襲が決まってくれれば、などと遅ればせながら思う。不思議な気分だった。太田はそれを抱いて交わし、一人旅に持ち込んだ。

 やはり、太田のパワーは俊彦より強かった、ということか。

 土砂降りの中、独走する太田を眺めながら、私はそう決めつけた。太田のパワー優勝だった、と結論づけた。

 だが、私は太田が勝った真の理由を、レース後に知ることになる。ファンファーレ直後にいきなり強まった風雨を、太田はこう振り返る。

「これはちょっと自分に有利だな、と思いました。みんな、わかりにくくなるじゃないですか」

 

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 結果的にスタートは揃ったが、いきなりの環境変化を他人事のように冷静に分析していた。SG4Vの余裕と経験のなせる業。その冷静さは、1マーク手前のちょっと不思議な仕掛け?にも生かされていた。あのモーションで、井口はハナから狙っていたまくり差しを断念したという。太田が断念させたのだ。

「あれは狙ってやったんですか?」

 スポーツ紙の記者の質問に、太田は「当たり前です」と言ってニヤリ笑った。SG優勝戦の1マークで、太田はただ差しだけを狙っていたのではなかった。先刻「井口を牽制し」などと手拍子で書いたが、井口の攻め手を殺すためにリスクを犯してわずかに“オーバーラン“し、それから俊彦を差しきろうとした。

「それから舳先を抜くのに、予想以上に時間がかかってしまったけどね」

 

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 高度なテクニックと冷静沈着な心、百戦錬磨の駆け引き、そして節イチ級のパワー……そんなこんながすべて揃って太田のSG5Vは、なされた。今日に関しては、SG初Vを狙う吉田俊彦よりも太田のほうが一枚上手だったというしかない。

(photos/シギー中尾、text/H)