ダブルヒーロー
12R優勝戦 進入順
①瓜生正義(福岡)14
⑥松井 繁(大阪)19
③山崎智也(群馬)18
②池田浩二(愛知)15
④原田幸哉(沖縄)12
⑤峰 竜太(佐賀)06
おかえり、瓜生。やっぱり、とことん強い選手が
とことん強い勝ち方をしてくれないと、この世界はつまらないよ。
スタンドは3度沸いた。最初はピットアウト。
池田がズルッと滑り抜けた瞬間、歓声と罵声が交錯した。
進入は、なんとも想定しにくい1632/45。周辺の声は、
池田の4コースより、智也がスローの3コースになったことに集中した。
「うわ、だめだ、もう、智也の勝ちはないわ!!」
誰かがはっきり叫んだ。私も同意見だった。昨日の準優は、
4カドでギリギリの絞りまくり。スロー発進では、
到底瓜生に届くとは思えない。
瓜生で、決まりか。
12秒針が回る。スリットを通過したとき、2度目の大歓声。6コースの峰が、半艇身ほど突出している。そのまま幸哉の舳先から抜け切れば、大変なことが起きそうな予感。
「峰だっ!!!」
気の早いファンが叫び、峰◎の私の心もそぞろときめいた。
が、峰の艇は抜け出すどころか、空気の抜けた風船のように
しゅるしゅるとしぼんで幸哉の舳先と並んだ。
今節、コンマ02、02、00と際の際まで突っ込んだ峰でも、
SGの優勝戦は行ききれなかった。もっとも、これでコンマ06。
全速だったら、ハミ出していたかねしれない。
1マークまでに、完全に隊形が落ち着いた。
こうなれば、瓜生正義の超高速インモンキーを黙って見守るしかない。今日も大本命を蹴飛ばした私は、1Mの手前で首を差し出した。
バック中間で、確勝の3艇身差。後ろでは差した峰と池田、
握った智也、まくり差した幸哉がゴッタになっている。
その混戦も、2マークを回って峰~智也~池田、
それぞれ2艇身ほどの隊列に収まった。もちろん、瓜生ははるか先。
1-5-3がほぼ固まったムードで迎えた2周1マーク。
今日、いちばんスタンドが熱狂したのがこの瞬間だった。
2着を決めるべく峰が先にターンした瞬間、
智也が渾身のツケマイを浴びせた。
いや、正確にはその瞬間ではない。峰が初動を起こす少し前に、
智也は「行くぜーーーっ!!」みたいな気合いで、
もう全速マイの態勢に入っていた。その意思表示が、
私にも観衆にもはっきりと見て取れた。
ウオォォォォォッ!!
ツケマイの前に、まさにこんな音。
そこに、様々な「トモヤーーーッ!!」が不協和音で混じっていた。
私も叫んだ。というか、驚いていた。智也の初動の早さに。
わずか数秒ほどだが、私の頭の中はこんな感じだった。
「まさか、智也のこれが届くのか?? 相手は峰リューだぞ、
峰といったら、やまと軍団の中でも屈指のターンスピードで、
しかもツケマイのときにはかなり手前から初動を起こすという
変則的なターンで、とにかくそんなターンの天才みたいな若者に、
それと同じようなツケマイを逆に、あ、秋山のターンみたいなっ!!??」
そんなとりとめのないことを考えているうちに、ツケマイが決まった。
文字通りの強ツケマイ。1マーク寄りで見ていた私の目には、
智也が峰をターンマークにぶつけるんじゃないか、
っていうくらいの最強ツケマイに見えた。
ウゴオオォォォォォッッッ!!!!
大歓声。2着争いだというのに、みんなガッツポーズ。
「よっしゃぁ!!」「やったーー!!」「トモヤーーー!!」「すげーーーっ!!」
が全部ゴッタゴタ。
「やったーーーー!!」
そんな中、ひと際甲高い声が耳に響いた。
私の左手、声の方向を見る。眼鏡をかけた
小学3年生くらいの丸っこい男の子が、
ぴょんびょん飛び跳ねながら、横走りしている。
そして、飛び跳ねながら、両手を挙げてガッツポーズ。
「ともやーーーーーっ!! かっちょいーーーーっ!!」
私はちょっと、泣きそうになった。どれだけこの地で智也が愛されているか、どれほどのヒーローか、
この子を見ているだけではっきりわかった。
水面に目を戻す。峰を引き波にハメた智也の後姿が、
死ぬほどカッコ良かった。
「カッコいいレースを見せます」
智也の口癖であり、今日もそう宣言したが、その約束を果たした。
何度でも書きたい。本当にカッコいいレースだった。あの眼鏡の男の子は、カクテルライトに照らされたあのかっちょいい光景を、生涯忘れないだろう。たとえ、2着争いでも。
表彰式にもちろん智也の姿はなかった。
が、ファンはみんなホコホコと微笑んでいる。
瓜生正義という男がそうさせる。
司会者「6回もSGを獲っちゃいました。どうですか」
瓜生「はぁ、凄いですね……申し訳ありません」
司会者「いっぱい税金を払わないと」
瓜生「あ、税金はちゃんと払います」
もう、微笑むしかない。聖人君子の如き性格にして、鬼神の如き強さ。まさに正統派の最強ヒーロー。私も微笑みながら、心の中で呟く。
これからも蹴飛ばし続けたいから、
ずっとずっと正義のヒーローでいてくれよ、瓜生。
(photos/シギー中尾、text/H)