<10R>
2着争いがアツかった。船岡洋一郎と松崎祐太郎のデッドヒート。
松崎の切り替えし、船岡の差し返しと、
ターンマークごとに見せ場があり、整備室で観戦していた仲間たちが
声をあげる。ゴールもほとんど同時で、その瞬間誰もがのけぞりながら「オォォォゥウ!」と興奮していた。
ピットに戻ってきた両者には、即座に人の輪ができた。
船岡の周りには歓喜の表情の仲間たちが。
松崎の周りには「惜しかったな~」とねぎらう仲間たちが。
そう、勝ったのは船岡。船岡は疲労の色が濃く、
松崎は悔恨の色が濃く。それでも、二人の顔からは
笑みもこぼれており、結果を除いてみれば、充実感のある
レース後ではあっただろう。
一方、佐藤翼の勝利を黄金井力良、中田竜太が
我がことのように喜んでいて、佐藤も柔らかく笑っていた。
新鋭王座初出場にして、初優出! とはいえ、
佐藤自身はそれに対して浮足立った様子も見せず、
歓喜の色こそ感じられるものの、落ち着いているようにも見えたものだ、意外にも。 で、準優が終わってみれば、優勝戦は1号艇に!
12R終了後は報道陣に取り囲まれていたが、
やっぱり浮かれたりカタくなったりした様子はない。
精神力が強いのかも? で、会見では「80mでもインから行きます!」と力強く宣言。ちなみに、会見でもずいぶん落ち着いて話してましたぞ。
10Rの締めは川下晃司。
レース前には昨日同様の気合がうかがえたが、
レース後は笑顔だった。前付けに動こうしたものの、
全員が抵抗して結果6コース。それでも望みを捨てずに全力で走ったが、及ばなかった。とにかくやることはやった、
という感覚にはなったのか、サバサバした様子の川下。
もちろん悔しくないわけがないのだが、
それでも笑顔で終われたことは良かったと思う。
とにかく、男前でしたぞ、川下晃司!
<11R>
こちらも2着争いがアツくなり、先行した井上大輔を
2周1マークで黒井達矢が逆転している。
10Rに続いて歓喜に沸く埼玉勢。小山勉は残念だったが、
埼玉から2人の優出を出したのは、まさに現在の充実ぶりを
あらわしたものだ。「桐生さんがいなければ埼玉は弱いと言われたくなかったんです」 黒井はそう語っている。
埼玉新鋭世代の絶対的エースといえば、
すでにSG優出も経験している桐生順平。
その桐生は、事故率オーバーにより、今節出場がかなわなかった。
たしかに、桐生不在の埼玉勢に、戦力ダウンを感じた方も
少なくはなかっただろう。実際、そりゃあ桐生がいればもっと強力だったのもたしかである。だが、だからこそ埼玉勢は燃えた。
桐生がいたからこそ、負けたくない、離されたくないと頑張った。
それが埼玉の若手が急成長している原因だと黒井は言っている。
その桐生がいないのなら、自分たちが新鋭王座に
旋風を巻き起こさねばならない。
それが、佐藤翼、黒井達矢の二人を優勝戦に送り込んだ原動力だったのだ。「桐生さんに優勝戦を見てもらいたい」
桐生は明日、蒲郡を走る。もちろん、モニターにくぎ付けとなるだろう。
桐生の視線を感じつつ、黒井と佐藤は闘志を燃やす優勝戦、である。
勝った茅原悠紀は、会見で開口一番言っている。
「2着のことばかり考えてました。大ちゃん頑張れって(笑)」
そう、いったんは同県同期のワンツー態勢となっていたのだ。
一緒に優出できていれば、これ以上の喜びはなかった。
最後の新鋭王座だから、なおさらそれを望んでいた。
しかし、それはかなわなかった。レース後、茅原は自分の勝利の喜びよりも、まず井上に駆け寄り無念を伝え、
井上も力なく苦笑いを返していた。茅原も悔しい。
そして井上はさらに何倍も悔しい。井上は、他の99期勢にも囲まれて、悔恨を分かち合っていた。 ということは、茅原は明日、
井上の思いも背負って戦うことになるだろう。ただでさえ格上の存在。
さらに、最後の新鋭王座で優出できなかった同期の分まで
(井上だけでなく)、というモチベーションも加わる。
茅原に明日、大きな武器が備わったと見ていいのではないか。
足は決して良くないそうだが、それをカバーして余りあるテクニックと
思いが茅原にはある。
11Rの締めは乙藤智史。スタートで後手を踏んで、
仲間にからかわれていた。もちろん乙藤自身は
悔しくてたまらないわけで、足早に仲間を振り切ろうとする。
そして、苦笑いしながら、「もう一度やらせて! もう一度やらせて!」。気持ちはわかる。でも、テープは巻き戻せないのが勝負の世界。
「もう一度」はさらに上の舞台で! 岡崎恭裕とのSG揃い踏みが
見たいぞ、個人的に。
<12R>
沈痛だった。坂元浩仁はもちろん、
ピット全体が重い空気に包まれたように思えた。
まさかのフライング。整備室には実況アナの悲痛な声が小さく聞こえ、観戦していた選手たちは声を失っている。
スリット隊形からして、いちばん内がその対象に違いないと
誰もがわかっていた。
真っ先にピットに戻ることになった坂元だが、
ボートリフトに艇を運んでも、リフトは上がらない。
レースを終える他5艇を待っていたのだ。
坂元は一人、リフトで何を思っただろう。
すでに東海地区の選手がエンジン吊りのためにリフトに集まっていたが、坂元は彼らに背を向け、まっすぐに前を見つめているのみだった。 勝った西村拓也が隣のリフトに収まり、さらに青木玄太も収まって、
ようやく坂元は陸に戻る。その顔からは、
いっさいの表情が消え去って、ただ茫然とした坂元浩仁が
そこにいるのみだった。 坂元を気遣ってか、
西村を出迎えた選手たちも、青木を出迎えた選手たちも、
歓喜の声をあげていない。他人事ではないからこそ、
彼らもつらい思いを共有していただろう。
ようやく西村と青木に笑顔が浮かんだのは、
エンジン吊りの輪がほどかれたあと。
98期生が西村に声をかけ、100期生が青木の肩を叩き、
わずかながら祝勝ムードが生まれていた。
まずは坂元に、これをバネにしての奮起を期待したい。
多くの先輩が同じ憂鬱を味わい、そしてさらに大きな勲章を手に入れている。坂元浩仁ならそれが可能なはず。
近いうちにSGのピットで再会できることを信じる。
そして、西村と青木はこれをツキと思わず、
自信をもって優勝戦を戦ってほしい。
そして、今日の分まで、レース後に思い切り弾けてほしい。
締めは、明るくいきましょう! 西村、今節は睡眠不足なのだという。
最後の新鋭王座、その気合や緊張感によるもの……と思ったら、
さにあらず。「同室の鶴本くんのイビキがすごいんで、眠れません。
裏情報です(笑)」 ダハハハ。ペラが合わなかったんじゃなくて、
ヘヤが合わなかったんですかね(笑)。
でも、優出できたんだから、その部屋はゲンがいい!
今夜も鶴本のイビキを聞きつつ、明日の戦いに思いを馳せてください。おやすみなさ~い。
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)