朝、ピットに足を踏み入れると、
山崎智也と白いカポックを着込んだ馬袋義則が話し合う姿が合った。装着場のど真ん中。馬袋は1Rの1号艇だ。
整備室を覗きに行こうと思っていたので、
必然的に二人のそばを通ることになる。まずは爽やかに朝の挨拶でもしよう……と思って、やめた。二人の表情が、やけに真剣だったのだ。挨拶だけだとしても、二人の間に入ってくのはどうにもためらわれた。数十分後に迫っているレースを前に、同期と語り合う。
作戦なのか、足色なのか、内容はもちろんわからなかったけれども、
その表情を見れば、勝利へのあくなき追求心と
その背中を押そうとする同期の思いが伝わってくる。
1R、馬袋は逃げ切って1着。智也との語り合いが
後押しした部分はあっただろうか。
二人の横をそーっと通り過ぎ、整備室を覗き込むと、
松井繁がギアケース調整に励んでいた。
昨日、11Rを走り終えた松井は、駆けていた。
レースで気になるところがあったのだろう。
速攻でモーターを点検し、格納した後はダッシュでペラ室へ。
松井の座右の銘である「タイム・イズ・マネー」が
単なるお題目ではないことを改めて実感させられたものだった。
そして今日は、朝からギアケースを徹底的に合わせていく。
これは結局2R終了後まで続けられていて、
その後はさっそく試運転に飛び出している。
整備室は閑散としており、あと2人の姿が見られるのみ。
一人は篠崎元志で、こちらもギアケース調整。
もう一人は川﨑智幸で、なんと本体整備をしていた。
川﨑はここまで6・6・1・6着。イン逃げを決めた以外は、
なんとも不本意な成績だ。地元SGだけに納得がいくはずがない。ただ、もはや準優への道はほとんど閉ざされている。
“終戦”という気分になってもおかしくはないのだ。
しかし、川﨑はまだ戦いは終わっていないと考えている。
3日間、レースがそこにある以上、少しでもパワーを上積みしないと
気が済まないのだ。この姿勢こそ、ベテランの域に差し掛かってもいまだトップクラスで戦うことのできる原動力だろう。
残り3日間、その戦いに注目させてもらおう。
さてさて、本日は勝負駆け。これが賞金王への勝負駆けでもある
ということで、選手たちも踏ん張りどころである。
係留所にもボートは満艇状態で、レース後には青ランプがつくのを
今か今かと待っている選手も少なくない。少しでも多く試運転して、
手応えをしっかりつかんで、レースにつなげようとしているわけだ。
ペラ室と係留所の行き来も非常に多い。
その途中で、大嶋一也と服部幸男が真剣な表情で語り合っていたりもして、そこに漂うただならぬ雰囲気に、勝負駆けの緊張感を
改めて感じたりもした。
もちろんペラ室は満員御礼である。
その付近に立っていると、しょっちゅう選手がペラ室から出てくるのを近くで目撃し、今日初めて顔を見る選手には挨拶でも……と思うが、
たいてい視線はペラに向けられており、
その強烈に集中している様子に、声をかけそびれてしまう。
おそらく選手の視界にもこちらの姿は入っていないだろう。
それでも、辻栄蔵に小声で「おはようございます……」と頭を下げると、辻は一瞥してにっこりと「おはようございまーす」。
ホッとすると同時に、辻の思考をジャマしなかっただろうかと
不安になる。
そんななかで、なんともいい笑顔を見せていたのは岡崎恭裕である。すでに書いたが、ダービーでは元気がないように見えていた
岡崎だが、今節は明らかに雰囲気が違う。
さらに、その笑顔も以前に比べると逞しさを増しているようにも見える。勝負駆けは3着条件だが、なんだかやすやすとクリアしてしまうのではないかという気がしてきたぞ。
(PHOTO/中尾茂幸=松井、大嶋 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)