10R、5着条件の山口剛は道中6番手を走った。
予選落ち確定か……と思われたが、3周2マークで茅原悠紀を逆転、5着に浮上している。ただし……この3周2Mの突っ込みが
不良航法をとられ、減点7。予選突破はならなかった。
モーター格納のため整備室に入った山口は、
平静を保っているようにも見えたが、やはり不機嫌な表情であることは否めない。熱くなった自分、あるいは道中の走りを反省しつつも、
減点7という現実に穏やかでいられるわけがない。
たしかに反則は反則である。減点も仕方がない。
だが、山口は常にガッツあふれる走りで我々を魅了してくれる。
最後まで絶対あきらめないという姿勢も、
ファンにとっては大歓迎のものではないか。だから、
僕は山口を否定したくない。山口は文句なしの
一流ボートレーサーだと確信する。
整備室では、市川哲也が山口に声をかけている。
もしかしたら、山口を待ち構えていた?
整備室の中の声は聞こえてこないが、
市川の優しげな表情と言葉に、山口は何度か力強くうなずいていた。
きっと、市川のその優しさが山口を癒し、前向きにしてくれたと思う。
勝負駆けに敗れれば、やはり誰もが落胆の表情を見せるもの。
11R後の吉田俊彦の顔つきにはグッときてしまった。
吉田はレース前、眼に強烈な炎を宿していた。
精神統一をしながら、みるみる顔つきが険しくなっていく。
2着条件の勝負駆け。5号艇という遠い枠であっても、
吉田は気迫をみなぎらせて乗り切らんとしていたのだ。
しかし、気合が成績に直結するとは限らない。
無念の5着。吉田の思いは実らなかった。
レース前の思いが大きければ大きいほど、強ければ強いほど、
結果が出なかったときの悔恨は大きいだろう。これは単なる敗戦ではない。賞金王出場への道を閉ざすことになる敗戦でもあったのだ。
それだけに、吉田のその胸中を思えば、レース後に鬼のような形相となるのも当然だろう。レース前に見せた強い思いと気合。
レース後に見せた悔恨に耐える姿。その勝負師っぷりは、
敗れはしたものの、誰をも感動させるものだったと思う。
一方で、予選突破できればそれで充分、ということはありえない。
ここがゴールではないのだから、選手たちはただ準優進出を喜ぶということにはならないのだ。11R4着の石渡鉄兵は、
今日の大きな着順で予選順位を下げてしまったことを心から悔しがっていた。というのも「足はいいんですよ。競ったら負けない足です」。
予選突破は果たしたものの、準優は6号艇。
今日を乗り切っておけば(しかも2枠と3枠だった)、
準優好枠もあっただけに、「本当にもったいなかった」という思いに
支配されるのも当然だろう。
ただ、石渡はしっかり戦ったと思う。前半は外に大嶋一也がおり、
前付けは必至。6号艇の服部幸男が動く可能性もあった。
だから、僕は勝手に大嶋(ともしかしたら服部も)を入れて、
センターから攻めるのではないかと思い込んでいた。
しかし、石渡は大先輩にコースを譲らなかった。
「内が強いじゃないですか。だったら、しっかり内を獲って勝負しようと決めていたんです」。その強い思いを胸に、
インの鬼と真っ向勝負をしたのだ。それが凶と出てしまったとはいえ、その闘志を否定することなど絶対にできない。
ともあれ、石渡はベスト18に残った。6号艇でも、
足は悪くないのだから、充分に伏兵たりえる。
穏やかな人柄の石渡がどんな激しい戦いを見せてくれるのか、
おおいに楽しみである。
湯川浩司は、レース後なぜか覇気を感じなかった。
今節初1着が出たのである。もちろん予選突破である。
レース後のコメントもポジティブだ。なのに、
顔を合わせるとすーっと目元が笑っていた昨日までの湯川では
なくなっていた。すれ違う際には、目も合わせずに
うつむき加減に通り過ぎる。一瞬、不思議に思った。
だが、よく考えてみれば、これは準優や優勝戦の前によく見る
湯川の姿でもある。予選をクリアして、
大一番モードに入ったのではないのか、この様子は。
JLCのインタビューを受けている湯川を見かけたとき、
「もう後がない」という言葉も聞こえてきている。
それは「賞金王出場に」という前置きが入る言葉であることは
言うまでもなく、賞金王出場への一発逆転を本気で狙っていると
いうことでもあるのだ。そう思えば、明日の湯川は本当に見逃せない存在となってくる。足はいいのだ。4号艇なのだ。
湯川らしい攻めのレースをするべく、
すでに戦闘態勢に入っているとするなら、
展開のカギを握る存在にもなりうるだろう。
さてさて、装着場奥の“堤防”で森高一真が黄昏ていた。
晴れれば最高に気持ちのいいこの場所、曇り空の今日だって、
快適なスペースである。そこで森高はタバコを吸いながら、
海を眺めていた。予選を通過することができなかった自分を、
悔いているのだろうか。 森高のことは本当にたくさん書いてきたし
、えこひいきしているのかと言われるかもしれないが、それでも書く。
森高はもちろん、今節もう一足が足りずに
不本意な成績に終わったことを悔やんでいた。
今日の8Rは調整に失敗したようで、最悪のデキだったという。
「うまい人はちゃんと合わせてくるもんなあ」と己の力不足とも
向き合っているようだった。だが、森高はたしかに全力で戦ったのだ。森高は続けてこう言った。「でもな、俺の舟券が100円でも売れてたら、投げるわけにはいかん」。ということは、
すべてのレースで絶対に勝負を投げない、ということである。
「俺がいちばん嬉しいのは、俺を買って儲かりましたって
ファンの人に言われることなんや」
最高に信頼できるボートレーサーとは、
こういう選手のことを指すのである。
だから、負けた選手には決して言うまいと思っていて、
実際に言ったことはないけれども、今日は伝えた。
8R、本命は森高一真に打っていたのだと直接告げた。
すると森高は、「マジかぁ~! かぁ~、悔しい! くっそー!」
と身をよじり、手足をじたばたさせて悔しがった。
準優進出を逃したこと以上に悔しそうだった。
残念ながら、森高は明日、一般戦回りである。
残り2日でおそらく3走だろう。しかし、出る舞台に関係なく、
森高は全力で走る。勝つか負けるかは時の運だが、
絶対に注目に値する男であることは間違いないのである。
(PHOTO/中尾茂幸=森高 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)