BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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児島チャレンジカップ優勝戦 私的回顧

 

王国の涙

 

 

12R優勝戦 進入順

①平尾崇典(岡山)22

②太田和美(奈良)22

⑤田村隆信(徳島)22

⑥篠崎元志(福岡)24

③岡崎恭裕(福岡)18

④瓜生正義(福岡)21

 

 

 

 

 

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1マークを回って、平尾崇典の悲願のSG初制覇と

賞金王入りが決まった。外から誰も仕掛けきれず、

太田和美の差しは空を切った。レースに関しては、

これ以外にあまり書くべきことがない。 

私の心が動いたのは、平尾がゴールを通過してからだ。

スタンドの1マーク付近。勝利を引っさげて近づく平尾を、

ほとんどの観衆が拍手で迎えた。地元だから

当然の祝福ではあるのだが、誰もが両手を高々と上げて

拍手を贈る姿は、これまでの優勝戦とはちょっと異質な光景だった。

熱狂的というより、それぞれがしみじみ感慨を噛み締めるような拍手。何と言うか、「待ちに待った瞬間が、やっときた」みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そうか、ここは岡山なのだ。 私は思った。

かつて「競艇王国」と呼ばれ、ペラグループのイーグル会は

一世を風靡し、『黒い弾丸』黒明良光はじめ多くの名選手を輩出した

ボート大国。選手はもちろん、ファンにもまた

「自分たちが艇界を担っている」という自負、プライドがあったはずだ。岡山ならではの「伝統」と言い換えてもいい。

だが、最近は大阪、静岡、福岡などの勢力に押され、

「王国」の名は色褪せた感がある。

それを事実として受け止めなければならない選手や

ファンの気持ちは、どれほどのものか。

北海道という「伝統」とは無縁の環境に育った私には、

想像もできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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平尾がゆっくりと1マークを回り終えるまで、拍手は続いた。

大騒ぎするのではなく、ほとんどの人々が長く暖かく

平尾に捧げ続ける拍手。ゆっくりとゆっくりと、

後続の5人にすべて抜かれるほどスピードを落として

1マークを回ってから、平尾は深々と頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウイニングラン。また拍手、拍手。

平尾は、大時計の前で減速し、スタンドの上階を見つめた。

後でわかることだが、それはイーグル会の大先輩・黒明の姿を

捉えようとしたのだ。真っ先に黒明に優勝した顔を見せたかった。

これも、他のウイニングランでは見たことがない。伝統の重み。 

記者会見でも、平尾の話はイーグル会の先輩に及ぶ。

嬉しそうに振り返る。レース前、川﨑智幸が

「いつもの正月レースの1号艇ととまったく同じじゃ、ただ全速で回ったら勝てる」と平尾に言った。

それで平尾の1マークに対する迷いが消えた。

太田に差されてもいいから、いつものように全速で回ろうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今朝の新聞には、黒明が「ここで勝てなければ一生勝てないぞ」

などと書いていた。きつい言葉だが、その通りだと開き直った。

黒明には、昔から「お前はココ(胸を指差し)が弱い」と

言われ続けてきた。本当にそうだ、と自覚してきたが、

この優勝で少しでも克服できた気がする。そんなこんなを、

平尾は実に嬉しそうに話し続けた。 

そして……その後輩の言葉を聞いている黒明の目は、

真っ赤に腫れ上がっていた。ときどき、すすり泣きの嗚咽で肩が揺れた。両手の手のひらをぺったりと両頬に当てて、

必死に涙をこらえようとしていた。その顔をチラリと見た平尾の目も、

ちょっとだけ潤んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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当然、後輩が勝てば嬉しいし、涙を流すこともあるだろう。

だが、私がこのときに感じたのも、やっぱり「伝統」の重みだった。

待ちに待った地元でのSG制覇。待ちに待った新たなるSGレーサー。待ちに待った、伝統の継承者。

黒明の目と平尾の目にあったものは、

ごくごく個人的な涙ではない。そう思えてならなかった。 

会見を終えた平尾の背中を、目を真っ赤に腫らした黒明が

ポンと叩いた。「おい、さっき(小畑)実成から、電話がきたぞ」 

平尾は実にかしこまった顔で起立し、大きく「はいっ」と答えた。

中学校の野球部の監督と1年坊主みたいだった。

平尾は大きな声のまま言った。「後で、真っ先に電話しますっ!!」 

やはり、間違いなく、今日の優勝は平尾だけのものではない。

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(photos/シギー中尾、text/H)