6着争いまで……
11R 進入順
①井口佳典(三重)06
④平尾崇典(岡山)08
⑤馬袋義則(兵庫)10
③坪井康晴(静岡)09
⑥峰 竜太(佐賀)11
②山崎智也(群馬)07
これだから、賞金王トライアルってヤツは
何があるかわからない。
ピット離れで、山崎智也と坪井康晴が後手を踏んだ。
完全なドカ遅れではない。
普通のレースなら、
外の選手が直進している間にそそくさと
定位置に戻れるくらいの遅れに見えた。
が、このレースは違う。
平尾、馬袋、峰が申し合わせたように、
レバーを握って猛然と加速した。
こうなると、初速の違いが何倍にも膨らむ。
智也と坪井がズルッと滑り抜けた。
進入は上記のとおり。
坪井はなんとか4コースまで潜り込んだが、
智也は潔く艇を引いた。
最終隊形1453/62。こんな進入予想、
世界中の誰が予想できる??
スタンド騒然の中、12秒針が回る。
外の“いざこざ”なんか関係ない、
という風情でインの井口佳典がバチッと逃げた。
コンマ06トップS。さすがの集中力で、
決定戦ファイナル進出を決めた。
問題は2~6着争いだ。
ボーダー21点想定で、
石に噛り付いても②着が欲しい平尾崇典が差し粘る。
これに、ほぼ絶望的な立場の馬袋が追随する。
その真後ろに、③着条件の坪井。
すこし離れて、1着でも苦しい峰竜太。
最後方は、なんとなんと⑤着条件の智也!
つまり、すべての着順争いに
ファイナル勝負駆けの機微が潜んでいた。
2マーク、②着を死守したい平尾に
突進気味の切り返しを仕掛けたのは、
ほぼ勝負付けが終わっている馬袋だった。
おそらく、同期の智也の援護射撃、
などという思考はなかっただろう。
まだ諦めてはいないし、
最高峰の12人に選ばれたからには全力を尽くす。
そんな切り返しに見えた。その横から坪井も同じような航跡を描き、
平尾の進路を阻もうとした。
欲しいのは3着、
平尾よりも先着すれば俄然ファイナルが近づく。
窮地に立たされた平尾は、怯まなかった。
馬袋と坪井の間の狭い狭いところに、
全速で舳先を突っ込んだ。
あまりに狭い間隙に、目を瞑って突っ込んだんじゃないか、
と思えるほどの強襲だった。
馬袋も、坪井も、平尾も死に物狂いで攻めた結果、
軍配は平尾に上がった。この1周2マークのまくり差しは、
岡山のファンの間で語り草になることだろう。
次の焦点は、3着争い。
2マークの攻攻(攻防ではない)で、
坪井が優位な立場になったかに見えた。
が、馬袋が食い下がる食い下がる。
あの手この手の追撃で、2周目、
ついに坪井を4番手に引きずりおろした。
あまりのしつこさに、
私は「まさか、やっぱり智也のために?」なんて思ったりもした。
馬袋優位の3周1マーク。坪井が決死の行動に出た。
外から内へ、切り返しで馬袋の前を横切った。
決まればファイナル、不発なら順位決定戦……
「この1年、賞金王だけを目指してきた。
3年前、ファイナル1号艇で惨敗した
ぐっちゃぐちゃの思いを晴らすことだけを考えてきた」と
語ってくれた坪井の、渾身のギャンブル。
ほぼ真横に流れる坪井の艇が、
平尾が作った真っ直ぐな引き波とクロスした。
硬いことで有名な住之江の水が、その衝撃を倍増させた。
ボートが1mほども浮かび上がり、
そのまま、くるりと反転して水面に叩きつけられた。
この瞬間、坪井の1年間の努力も水の泡と化した。
一方、この災難によって救われたのが、
最後方に甘んじていた智也だった。
転覆艇の真後ろにいた峰がもろに影響を受けて失速し、
あれよあれよと4番手に浮上したのだ。
坪井が完走していればファイナル出場も危うかったのに、
結果的に明日の4号艇が転がり込んできた。
智也の足はファイナル組では苦しいが、
この強運は怖い。そうでなくても、
「一度死んだ身」と己に暗示をかけて、
タッチスタートをやらかしそうな男だし。
強運+度胸=黄金のヘルメット。
こんな等式を作ってしまう可能性もある。
世にも不思議な……
'12R
①太田和美(奈良12
⑥松井 繁(大阪)13
②白井英治(山口)12
③丸岡正典(奈良)18
④瓜生正義(福岡)24
⑤今垣光太郎(石川)14'
華々しく、激しく、切なく、
そして不思議なレースだった。
奇妙なファンタジー映画のようでもあった。
その多くを演出したのが、
艇界の魔術師・今垣光太郎。
まずはピット離れで、今垣は他を1艇身出し抜いた。
あのスーパーピット離れは、いったい何なのだろうか。
まあいい。今垣は一気に内の艇を絞って、
太田和美まで超えてしまった。
このままの勢いで進めば、インまで奪えるかに見えた。
が、そこで今垣は何か忘れ物でもしたかのように、ふと立ち止まる。
一度は出し抜かれた2~4号艇の3人が、
コースを取り返すべく今垣の外に殺到した。
なぜか、今垣本人は動かない。
白井英治が、丸岡正典が、瓜生正義が
ホーム水面で舳先を向けた。
それでも今垣は動かず、
代わりに太田と松井繁がそろそろと
静かにイン水域に入り込んだ。
脱兎の如く飛び出し、
インまで奪えたはず今垣の最終的なコースは……
最アウトの6コースだった。
昨日も同じようなピット離れから4カドを奪い、
私はそれをユニークだと讃えた。
が、今日は6コースまで出てしまったのである。
スーパーピット離れで前付けした選手が、
回り直すこともなく6コースへ。
こんな出鱈目な進入を、
私は今まで一度も見たことがない。
これからもないだろう。
今垣が同じことをやらない限りは。
レースに戻ろう。
6コース単騎がましをあえて?
選択した今垣は、スリットから勢いよく飛び出した。
そして、シャカリキに内の艇を絞りはじめた。
私は、興奮しつつも、ちょっと呆れてしまった。
ピット離れで内4艇を絞りきった男が、
6コースにはみ出して、
今度はスリットからまたまた内5艇を絞りきろうとしているのである。
これは、何だ?? この一連の光景が、
不思議でならなかった。
そして、今垣光太郎は、正真正銘の天才なんだ、と思った。
真の天才のやるコトは、
いつだって常人にはまったく理解できないのだ。
今垣の天才絞りまくりは、
太田まで届かなかった。
届かないどころか、松井にも白井にも抜き返された。
今垣、このレースの1マークまでに何人を叩き、
何人に抜き返されたことか……。
バック直線、太田が完全に抜け出してファイナル当確。
その後方では②着条件の白井と
すでに当確の松井が舳先を並べていた。
今垣は、このままでは赤信号の4番手。
これは、非常にまずい。
来期、B級落ちが確定している今垣にとって、
決定戦に乗るか否かは天国と地獄の違いがある。
B級でも来年のSGに参戦できるか、
一般戦だけを走り続けるか……
このレースの③着が、分水嶺なのだ。
もちろん、今垣はそれを知っていたと思う。
2周1マーク、今垣は捨て身の突進を仕掛けた。
11Rの坪井のように。
今垣の攻撃は、よりわかりやすいものだった。
2番手の松井には目もくれず、
その松井を差しきろうとしている
3番手の白井にダンプしたのだ。
坪井がやった切り返しではなく、
露骨に3番手をターゲットにしたダンプ。
闘争心剥き出しのダンプ。今垣の平常心は、
100%潜在的な闘争心でできている。
それが私の持論なのだが、
この大一番でも平常心が炸裂した。
そして、白井に接触した今垣の艇は、
大きくバランスを崩した。
舳先が空に突き刺さりそうになった。
何度かバウンドして立て直したときには、
松井と白井は彼方の先にいた。
今垣のレーサー人生にも関わるような賞金王決定戦が、
事実上、ここで終わった。
そして、白井英治。
今垣のダンプをなんとかこらえた白井だったが、
ここでの接触の影響は小さくなかった、と思う。
松井との差が開いた白井もまた、
王者に切り返しや突進で逆転を狙った。
どれも、わずかに届かなかった。
次点の7位……機は熟していたが、
ほんの少しだけ機力が足りなかった。そんな気がする。
(photos/チャーリー池上、text/H)