「古場~、どうだった~? うねってた?」
早くから試運転に励んでいた古場輝義がいったんピットに戻ってくると、2Rに出走する鈴木幸夫がニコニコと近づいて、問いかけた。今節はすべての選手が、風とうねり、この両方とも戦った。今日も追い風がやや強めに吹いており、水面は波立っている。レースを数十分後に控えて鈴木は、直近の情報が知りたかったのだろう。
もちろん、今日の優勝戦もまた、風とうねりが何らかの影響を及ぼす一戦となるだろう。では優勝戦メンバーはその対策をすでに始めているかというと……6選手ともなんともゆったりした優勝戦の朝なのであった。
まあ、当然ですね。午後4時30分頃の気候が今と同じとは限らないわけだから、調整を始めるのはできるだけ時間帯が近づいてから、と考えてもおかしくない。事実、1R展示前には太陽の日差しが燦々と届いていたピットだったのに、1Rが始まる頃には雲が増えて、ポツリと雨の滴が僕のハゲ頭に落ちたりしていたのだ(フサフサの人たちは気づいていないようだった)。優勝戦はもちろん12R1回乗り。それぞれが機力にはそれなりの手応えを感じている一戦だから、始動が遅めになる選手はよく見かけるものだ。
1号艇の江口晃生もその一人。エンジン吊りには出てくるが、その後は控室へと戻る姿を1R、2Rで見かけている。本格始動はまだ先のことになりそうだ。ただ、ピット内の寒暖計は、その都度チェックをしている(気温、湿度、気圧が表示されている)。やはり、気象条件の水位は気になるところだろう。あと、歩くスピードがやけにゆっくりだったな。人は考え事をしながらだと歩様が遅くなるものである。すでに江口の脳内コンピュータはフル稼働している可能性があるぞ。
逆に、ピット内を軽快に駆けていたのは落合敬一だ。エンジン吊りに加わるのにも軽やか。それが終わって、工具を取りにいったり、自艇のもとに向かったりするのも、駆け足なのであった。若い! 細身の長身だから、実に颯爽としているんだな、これが。あ、そうそう。2Rのエンジン吊りでは、加藤峻二も駆け足だったぞ。若すぎでしょ!
今村豊は整備室の隅のプロペラ調整所でペラ叩き。本格的な叩きというよりは、微調整という感じの繊細な叩き方であった。かたわらでは今村暢孝がゲージ擦り中。今村は時折、今村に話しかけており、今村が笑いかけると今村も笑っていた……って、どっちがどっちなんだ。話しかけたり笑いかけたりしているのが豊です。今節、今村コンビの絡み、初めて見たな。豊は1R発売中にはいったんペラ調整を切り上げて、モーターの防水カバーを磨き始めていた。まあ、余裕の表情である。
ペラ調整室には長谷川巌と二橋学の姿があった。わりと早めに調整を始めていたようだ。長谷川は2R発売中にはいったん切り上げてペラ室を出ている。JLC解説者の池上哲二さんが話しかけていたが、人の良さそうな笑顔を浮かべて取材に応えていた。特別な緊張感はあまり伝わってこない。
GⅠ初優出の二橋も、リラックスした雰囲気だった。ペラ調整中はもちろん神妙な表情だったが、エンジン吊りの際には笑顔も多く、整備室から笑い声が聞こえたので覗いてみると、北川敏弘や高橋淳美と談笑している二橋の姿がそこにあったりした。まあ、優勝戦直前には表情も変わっているだろうけど。
で、僕がピットにいる間はついぞ笑顔らしい笑顔が見られなかったのが、日高逸子である。日高も動き出しは早くなく、2R発売中にペラ調整所に入っていく姿を見かけている。調整中はやっぱり鋭い表情をしているわけだが、エンジン吊りなどでは普段見せているような華やいだ雰囲気がないのだ。気合なのか緊張感なのか……。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=江口、今村 黒須田=二橋 TEXT/黒須田)