峰竜太がしゃがみ込んで、エアーの音をピットに響かせている。エアーとはおもに水分を飛ばす空気噴射機。その噴射口を、プロペラシャフトに向けて、シューーーッ!と噴射しているのだった。プロペラはついていない。ただ、プロペラを止めるボルトはついていて、それを何度もつけたり外したりして、またシューーーッ! 外したときにはボルトにもエアーを吹き付けて、それからまたシャフトに装着してシューーーッ!なのであった。
こんなことしてる選手、初めて見た。
「これが新品だと、削りかすが出るんですよ。それがあると、回転がめっちゃ下がるんです。だから、飛ばしてる」
初めて聞いた話だし、また何と繊細な部分に目をつけていることか。「ま、暇つぶしです」なんて笑ってもいて、ということは決してメジャーな作業ではないということだろう。昨日はキャリーボディーを換え、決して上位とは言えないがある程度は納得できるところまでもってきたという峰。大きな仕事の次は、こうして微細な部分にこだわる。峰といえば、並外れた旋回力に注目が集まるが、こうした細かいこだわりの積み重ねも峰竜太をここまで押し上げた原動力だろう。
その動きがもっとも目立っていたと言っていいほど、前半のピットは静かだった。昨日の終盤戦とは実に対照的で、整備室にもペラ調整所にも選手の姿は少なかった。ようするに、昨日ひとまずの整備や調整はやってしまった、ということである。この素早さ、作業効率の良さが、SGクラスたるゆえんとも言える。もちろん、今日のレースを終えた者から、ふたたび忙しく動き始めることもあるだろう。
とはいえ、選手たちがのんびりしていたかというと、ちょっと違うような気がする。ピットにはたしかに緊張感が漂っていたのだ。
たとえば、2Rに出番を控えていた重成一人。前検日は気楽にジョークを飛ばしてきた地元の雄も、レースを間近に控えてキレキレに視線が鋭くなっている。本来は柔和な顔つきだが、さすがに人相はグッと変わり、勝負師そのものの表情に変わっていた。重成に限らず、レース直前の選手たちは迫力があるし、それがまたカッコいい。
井口佳典は6R出走で、まだ少し時間に余裕があるはずだが、表情の質は重成と変わらない。序盤の時間帯に試運転をし、2R発売中にはいったんあがってきた井口。リフトから装着場へと向かう表情が、怖いくらいに凛々しく、声をかけるのをためらわせる空気を発散していた。
ピリピリした空気に触れると、こちらもやはり緊張する。でも、この緊張こそが勝負の世界、それが強まるのがSGという最高峰、と思えば、この空気がなかなか心地よかったりするのである。
さて、1Rでは前田将太が逃げ切り。初日の大きな着順から巻き返しに成功した。もっとも登番の若い前田としては、いやそうでなくとも、レース後には対戦相手に頭を下げて礼を尽くすわけだが、まあこれは日常的な光景である。
それを、笑顔を見せつつも、心ここにあらずといった表情で受けていたのが中野次郎である。1年ぶりのSG復帰戦だが、ここまではまったくもって不本意な成績。なにしろ1Rは6着なのだ。気持ちはレースのこと、するべき調整のこと、あるいは悔恨に埋め尽くされるのは当然というものだろう。
寄り添った濱野谷憲吾に、苦笑いを浮かべながら言葉を繰り出していく次郎。濱野谷の顔も渋いものになり、次郎は苦笑いを絶やすことなく、そこに渋さを重ね塗りしていった。結婚後はじめてのSGでもある今節、ここからなんとか巻き返してほしいのだが……。(PHOTO/中尾茂幸 黒須田=井口 TEXT/黒須田)