こんなにも明暗が分かれた準優ピットは珍しい。
まずは明。9Rだ。中嶋健一郎がカドからスタートを決め、まくり差しで先頭に立った瞬間、まずピットが沸いた。絶対的本命の桐生順平を打ち破ったのだ。興奮がピットを支配しても当然である。
それ以上の沸騰は、2周1マークにあった。とても届かないような位置から放ったツケマイが、中嶋に届いてしまったのだ。やってのけたのはもちろん桐生。ピットで見ていた誰もが、そのとき大声をあげていた。
どうやら中嶋は、差されるのを警戒して落として回り、さらに初動の位置に失敗してハンドルを切り直したらしい。そこを桐生が突いたかたちだ。しかし、中嶋は村岡賢人に「ああ、差された~と思った」と言っている。そして「気づいたらこっち側(右側)に来てたからビックリした!」とも言った。中嶋にとっては、まさかまさかのツケマイ強襲だったのだ。もちろん見ていた者にとっても、まさかまさかのツケマイ逆転だっただろう。「技量不足」と口にする中嶋には、「優出おめでとう」なのか「残念でしたね」なのか、どちらの声をかけていいのかわからなくなってしまった。それほど、2周1マークの桐生は圧倒的だった。
「たまたまですよ~」と桐生は言う。たまたまのわけがないでしょ。「もちろん抜くつもりでしたけどね。差しを警戒していたようなので、ここは上だな、と。あんなにうまくいくとは、僕も思いませんでしたよ~」。実際のところ、僕も思っていなかった。仮に抜くことがあったとしても、あそこじゃないだろう。だが、それが桐生順平なのだと思えば、ぜんぜん不思議ではない気がしてくる。また、桐生もさすがにこの逆転に気を良くしているようで、「うまくいくとは思いませんでした」の声が弾んでいた。
声を弾ませていたのは、桐生だけではない。2周1マークを振り返り合う誰もが、興奮気味に語り合っていた。誰かと話さずにはおれないという感じで、「いや~、凄いねえ~」「格が違うよ~」「あれが届くか、普通?」などと誰彼かまわず話し合っていた。ピットの空気を一気に弾ませ、誰の心をも陽気にさせてしまった桐生順平の存在。ひとつの好プレーが見る者のテンションを上げるのだということを、桐生は証明したと言えるだろう。
そのすぐあとに暗転が待っていた。10R、スリットを超えた瞬間、選手控室から悲鳴が上がった。早い! 選手たちはそれを感じ取ったのだ。5号艇の谷川祐一がのぞいていた。4号艇の磯部誠も早いか。画面には選手たちの見立て通りに「スタート判定中」の文字が出る。
それだけではすまなかった。まず、1マーク手前で磯部の艇が妙な浮き方をした。内を締めていく際、隣の島田賢人の舳先がモーターと接触したのだ。ハンドルをとられるかたちで転覆し、島田も巻き込まれて転覆(両者が途中帰郷)。さらに悪夢は続き、まくり差しのハンドルを入れた谷川がターンマークに激突。これで舳先が浮いて、差そうとした片岡雅裕と谷川の後を追った青木玄太を巻き込んでしまう。結果、青木はエンストとなり、なんとかレースに復帰した片岡と、先マイして事故とは無縁の位置にいた前田将太だけが戦線に残ることとなった。事故の連発だったのだ。
すぐにピットは騒然となり、選手たちはボートリフト回りに走った。空気は一気に沈鬱となり、息苦しいくらいに重くなる。レスキューで戻ってきた島田は、自力で歩いていたが(首を痛めた模様)、足を負傷した磯部は担架に乗せられている。磯部は担架の上から、介抱した佐藤翼に「フライング? 転覆?」と聞いているが、佐藤から「フライング」と聞かされると、さらにがっくりとうなだれていた。
そうしたなかで、前田も片岡も、表情は晴れない。ヒーローを出迎えたはずの仲間たちも、弾けた笑顔を向けられない。あの空気のなかで、心から笑える者など誰もいない。また、事故によりゴールできなかった4人を気遣う思いもあっただろう。フライングにしろケガにしろ、選手にとっては他人事ではないのだ。優出の喜びよりも先に、彼らへの同情心が浮かんでくるのは自然なことであろう。
11R、人気を集めた篠崎仁志が逃げ切り。カドに引いた中田竜太が軽快に攻めているが、これを制して先マイした篠崎に凱歌が上がっている。重苦しい空気を引き継いだ部分といえば、誰もが踏み込めなかったスタートだろうか。中田も「前のレースのことがあって、精一杯行きましたが、あれくらいまでだった」と振り返っている(コンマ20)。
ただ、もはや10Rは終わったこと。堂々たる戦いで勝ち抜いた篠崎と中田が、力強いコメントを残してくれたのは救いだった。
「ボートレースを知っている人は、僕がここまで来るとは思ってなかったと思います。でも、僕はここまで来ることをイメージしてきました。明日も頑張ります」(中田)
「1コース連勝記録はいつか途絶えるが、ここだとは思っていません。それよりも、新鋭王座を優勝したいという思いのほうが強い。最後の新鋭王座、メモリアルな優勝になるし、歴史に名を残すべく頑張ります」(篠崎)
いろいろあった準優だが、ベスト6が出揃った。絶対的本命に福岡ツートップの3強が内枠を占め、ドリーム4号艇4カド一撃の片岡がふたたび4号艇となり、外枠には活きのいい104期生105期生が並ぶ……最後の新鋭王座にふさわしい顔ぶれだ! さあ、新鋭王座決定戦を見ることができるのはあと一日。新鋭チャンプの誕生を目撃できるのも最後。見逃し禁止だ!(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)
枠番こそ違うが、内枠3者はドリーム戦も内枠。その3人を4カドからまくったのが片岡雅裕だった。再現!?