THE勝負駆け
無血革命
昨日までさっぱり目立たなかった山室展弘が、10Rでいきなり“大仕事”をやってのけた。イン奪取。スタート展示では1ミリも動かず、本番だけ動いた。いわゆる「やらずのやり」という奇襲戦法だ。
このレースの山室は、準優進出戦へ④着勝負駆け。3号艇で彼の実力をもってすれば、枠なりでも十分にクリアできる条件だ。「山室がインを奪う」と読みきったファンは少ないだろう。しかも、そのイン奪取ぶりが、実に何とも頭脳的だった。
ピットアウトからの直線は、何事もないかのようにそろーり静かに。小回り防止ブイを過ぎても、何ひとつ意思表示を見せない。つまり、スタート展示とまったく同じ、極めて穏やかな待機行動だった。1号艇の西山昇一も2号艇の山崎毅も、安心しきって超スローリーに小回り防止ブイを回っている。ここ数年の主流である、退屈なほど何も起きない待機行動というやつだな。
異変は唐突に起こった。西山と山崎がブイを回り終えた頃、山室がスーーーッと艇を左に寄せはじめた。加速せず、あくまで自然に。あたかも3コースまで艇を流すように。が、山室はホーム水面には向かわず、そのままスーーーーッと西山の舳先の前に入り込んだ。西山が焦ったときには、もはや万事休す。その眼前にででんと立ち塞がった山室が、くるりとターンマークを回りきったのである。奇襲というと派手なイメージがあるが、今日のそれは無血革命ともいうべき実に静かな“クーデター”だった。
そして、楽な起こしからコンマ04の絶品スタートを決め、山室はまんまと逃げきった。革命、成功。
この頭脳的戦略的なイン逃げを、皆さんはどう思っただろうか? もちろん、西山アタマでしこたま買っていた人は、憤然としただろう。うん、怒っていい。「この泥棒猫!」などと罵倒したくなっただろう。うん、罵っていい。また、「スタ展でやらずに本番だけやったんじゃ、安心して舟券が買えん。卑怯なやり方だ」と批判する人もいるだろう。うん、批判していい。どう思うかは個人の自由だ。
ただ、私の考えは違う。真剣に勝ちたいと思うなら、選手たちは今日の山室のような行動を起こすべきなのだ。まずは、スタート展示。「スタ展と本番の並びは一緒でなければならない」などという法律はない。むしろ、そういう先入観を他の選手に植え付け、違う戦法で敵を霍乱したほうが、より勝利に近づく。ファンも騙したというなら、騙されたファンが悪い。私も何度も騙されたし、そのたび馬鹿な自分を嘲笑いつつ反省した。スタ展は単なる余興だと肝に銘じた。
続いて、今日の待機行動。あれは、明らかに西山と山崎が無警戒すぎた。イン、2コースが取れるものと決め付けすぎていた。その虚を山室が突いただけのことだ。最近のレース(特に記念)は、これと同じような緩慢な待機行動が目に付く。というより、ほとんどそうだ。「おいおい、今ターンマークを先取りすれば、インを取れるぞ!」という流れなのに、誰も取りに行かない。ぬるま湯の選手道、くだらない紳士協定みたいなものにガンジガラメになって、取れるインも取りに行かない。だから、楽インばかりで、イン逃げ12連勝などという現象も起こる。「2~6号艇で、本気で勝ちたい選手はいないのか」と呆れる日々。
山室よ、よくやった。私は目一杯の拍手を送るぞ。今日の山室のような奇襲の前付けがもっともっと増えれば、常に1号艇に緊張感が走る。舳先をホーム水面に向けるのが、格段に早くなる。待機行動が今よりはるかに活発化し、それによってレース自体もはるかに変化に富んだものになる。脳汁噴出のスリリングなボートレースになる。今日の山室のイン奪取を、単に「何をやらかすかわからん山室だからこそのレアな奇襲」で終わらせたくないぞ。っていうか、一言で言うなら、こうだ。
本気で勝ちたいんなら、今日の山室みたいに動いてみなさいよ、選手諸君!
つい熱くなってしまった。あまり時間もないので、気になることを羅列していこう。まず、7Rで落水した西島義則。去年のこともあってひやりとしたが、左腕が少し痛い程度だという情報が入った(ほとんど未確認情報だが)。まずは一安心。おそらく、明日は元気な姿を見せてくれるだろう。
それから、気になって仕方がない峻ちゃんだ。加藤峻二は実質37位、つまり次点で予選を終えるはずだったのだが、三宅爾士が病気で帰郷したため、繰り上がり的に36位に滑り込んだ。素直に喜べる予選突破ではないが、とりあえず「おめでとう」と言っておきたい。明日はもちろん6号艇。前付けするタイプでもなく、3着に入るのは楽ではないが、「一度は落ちた身」と開き直って豪快な隼まくりを見せて欲しいぞ。
最後に、取って付けたようで申し訳ないが、予選トップの江口晃生は今日も強かった。心身ともに充実しているムードが水面からもはっきり見て取れた。パワー的にも間違いなくトップ3に入る超抜仕様。明日から3連発で逃げられるかどうか(意外とと難しい?)はともかく、連覇への準備はすべて整ったと言っていいだろう。最大の敵は、やはり「山室的無血クーデター」かも??
あ、それから最後の最後に……順一さま、若々しいまくり差し、カッコ良かったですーー!!
(photos/シギー中尾、text/畠山)