まずは、なんといっても田村隆信である。6R、どこまで動くのかな~、なんてぼんやり展示を眺めていたら、「6号艇は3度」という実況アナウンスが聞こえてきて、ひっくり返った。
田村よ、今度はその手で来るか~っ!
勝つために、ありとあらゆる手段を考え、変幻自在の戦略を練り上げる。6号艇では、基本的に前付け。そこにさまざまなアレンジを加えて、勝ち筋を探すのが田村のオーソドックスな戦法だ。でも、そうなのだ。6号艇なら3度がある! グラチャン優勝戦で深川真二が選択したときにも驚いたが、あのときは優出インタビューで宣言もしており、心の準備はできていた。今日は展示で突如知った。不覚にも、前半のピットで田村がペラを激しく叩いているのを目にしていながら、まーったく想像もしていなかった。だから驚き、そして痺れた!
「どうですか!」
暗くなりかけのピットで出会った田村は、僕の顔を見るなり笑顔で言った。別に胸を張ったわけではなく、惜しくも2着という結果をふまえながら、僕の選んだ戦略はどうですかと問いかけてきたのである。もちろん、「大拍手ですよぉぉぉぉっ!」と返す。
「惜しかったですよね~。差さるかと思いましたもん。でも、やっぱり3度にすると差す足ではないですね。あぁ、ほんと、いろいろ考えたんですけどね~……」
1着条件で6号艇。僕らは単純に「前付け」とか思ったわけだが、田村はあらゆる選択肢を用意し、勝ち筋を必死で探した。その結果、3度という答えを導いた。一瞬は奏功したかと思われたのだが……。
「まあ、恥かくようなことにならなくて良かったですよ」
田村はそう言うが、仮に大敗したとしたって、まったく恥ではない! その姿勢、思考、実践が尊いのである。そのファンを沸かせる戦略がプロフェッショナルなのである。結果はむしろ関係ない。ひたすら田村を称えよ!なのだ。もちろん田村は勝てなかったことを悔やんでいる。だから、言葉の端々に悔しさは滲み出ていた。それでもやっぱり、田村隆信はカッコいいんです!
「ははは。まあ、これからも面白いことをいろいろ考えますよ」
田村はニッコリと笑いながら言った。そして、こう付け加えた。
「勝つためにね」
やっぱり田村隆信は最高だ!
4R、今垣光太郎が転覆を喫してしまっている。内外の艇に締められて舳先が浮き上がる危険な転び方で、レスキューもすぐにピットに戻ったから容体が心配されたが、日が傾いた頃には係留所にその姿があり、また試運転もしていたから、まずは一安心である。
夕刻のピットでは、職員の方に「いつまで試運転できますか?」と問いかけている光ちゃんがいた。モーターに転覆の影響はやはりあるようで、整備の後に試運転をしていたようだ。足取りはしっかりしており、また声も明るい。身体はまったく問題がないように見えた。今垣は結局、得点率6・00で準優に残った。ならば明日のためにも、エンジンの調子を確かめておきたいところだろう。
10R頃に、今垣が笑顔で歩み寄ってきた。大丈夫ですか、と問いかけると、「顔以外は」とまた笑った。よく見ると、顔の左側、目の斜め下あたりにでっかいタンコブができている。転覆した際、そこを強く打ったのだ。「危うく骨折するところでしたけど、大丈夫でした」とまた笑う今垣。本当は笑い事ではないのだが、骨折などの重傷にならなかっただけ、ツキがあるということか。でも……痛々しいっす!
「いや、準優に残れたから、ぜんっぜん、どっこも、痛くないです!」
今垣の笑顔がさらに爽やかになった。予選突破が最高の良薬ということ? というわけで、心配されたファンの皆様、光ちゃんは元気です! 明日もご声援を!
一方、6Rで転覆した桐生順平は、途中帰郷になってしまった。バック3番手航走の桐生は、内から伸びてきていた艇を自ら締めにいき、相手の舳先と自分のエンジンが接触、ハンドルをとられてバランスを崩している。いったんは持ち直したように見えたが、ボートから投げ出されるようなかたちで転覆。直線での転覆ということもあり、また水面に浮きながら動きがなく、ピットに戻ってからは担架で搬送されていたため、おおいに心配されたものだった。
途中帰郷は早々と発表されたが、桐生自身は10R終了後にピットに姿をあらわしている。病院から戻ってきたのだ。首には湿布のようなものが貼られており、発表も頸椎捻挫となっている。
「首もなんですけど、頭も打ったんで、CTスキャンを受けてきたんですよ。結果は、大丈夫でした」
桐生はそう言うが、首を動かせないためか、非常に痛々しい。しかしながら、自力歩行もできているし、検査の結果に問題はないというのだから、まずは安心していいだろう。あとは一日も早い回復を願うばかりだ。
話している間、選手たちが次々と桐生のもとにやってきて、声をかけている。ケガは他人事ではない。だから、誰もが桐生に気をかけ、気遣っている。桐生は何回、「大丈夫でした」と返したことか。その声を近くで聞いていて、先に桐生は大丈夫だと知った山口達也だけは、桐生を笑わそうとして「いま笑えないっす~」と返されていたが(笑)。
同じレースを走った田村には、「レースを壊してすみませんでした」と桐生は謝っている。リプレイを見たであろう田村は、「いや、(あのように走った)気持ちはわかる。うん、気持ちはわかるよ」と返した。そう、危険な走りにはなってしまったが、絶対に負けたくないというレーサーの本能があそこには確かにあったということだ。そんな桐生は、完全にこの舞台に不可欠な存在となってきたと言えるだろう。
というわけで、桐生順平、お大事に! 若松では万全な状態で再会できると信じているぞ!
さて、予選トップは杉山正樹である。失礼な物言いかもしれないが、戦前には誰もが伏兵視していたのではなかったか。エンジンが良さそうなのはわかっていたが、気がつけば予選トップ。しかも、さまざまなパターンが考えられた予選トップ争いを、9Rの2コース差し一発で決着させてしまったのだから、まったくもってお見事である。
9Rが終わってどれくらい経っていたか。競技棟の玄関に報道陣が集結していたので、何事が起きたのかと眺めていたら、ヒーローの帰還を待ち構えていたのだった。勝利者インタビューを終えて戻ってきた杉山は、あっという間に人の輪の中に呑みこまれる。玄関の壁際で取り囲まれる杉山は、圧迫感を覚えそうな人の輪の中心で、SG予選トップだからこそ味わえる特別な感覚を、どのように受け止めていただろうか。
その後も、インタビューやら何やらで、大忙しの杉山。聞けば、これがSG初準優とのこと。ちょっと意外でしたな。それが予選トップなのだから、いきなりすごい環境に置かれたというわけだ。淡々としているようにも見えたが、実際のところはどうだったのだろう。これを楽しめているようなら、一気にシンデレラボーイになる可能性も充分あるだろう。まずは明日、メインカードの白カポックを、強烈すぎる猛者たちを相手に着ることになる杉山の様子に、おおいに注目してみたい。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)