なんとも静かである。１Ｒ展示後にピットに入ると、報道陣の姿は多いが、選手の姿が少ないのだ。準優組はさらに少ない。ナイターの時間帯に走ることになる準優組、太陽がギラギラしている時間帯に調整してもあまり意味がない、ということだろう。序盤の時間帯に調整をしている準優組は実に少なく、ついに姿を見かけなかったベスト18戦士もいたほどだ。
いちばん姿を見かけたのは、杉山正樹である。予選トップの男が、この時間から調整をしていたのか？ していない。杉山がしていたのは、ゲージ擦りだ。快調に噴いているエンジン、そのパワーを引き出しているプロペラの形を残しておこうということだ。モーターもペラも手を入れる必要がないわけで、つまりは余裕なのだ。ただし、青山登さん曰く「落ち着かないんじゃないかな」。何かをしていないと気が紛れない、ということか。その青山さんがゲージ擦りをしている杉山のもとに向かうと、ごく普通に会話を交わしたとのことだが、時間が経つにつれ緊張感が増してくるのは必至。今日は己との戦いを強いられる一日でもある。
１Ｒ終了後には、今垣光太郎が部品を換えた。電気一式だ。これは整備室でなくともできる作業なので、今垣はモーターをボートに装着したまま、交換をしていた。もちろん、この後の試運転による感触によって、戻したりすることもあるかもしれない。今垣の感覚では、昨日の転覆の影響はある、ということなのだろう。準優組でもっとも忙しく過ごすのは、この人かもしれない。
係留所には吉田俊彦の姿があった。準優組では、田中信一郎のボートも係留所にあったが、本人の姿はなし。姿を見たのは、トシだけである。エンジンを始動させて、ニードル調整などをしており、早い時間から試運転に出ようということだろう。予選４位と好調なトシが、ある意味もっとも早い動き出しとなっていたことは、少々意外ではあった。
あともう一人、池田浩二のギアケース調整を見た。１Ｒ発売中にボートに装着されていたモーターからギアケースだけ外し、整備室に持ち込んだのだ。調整中はもちろん真剣な表情だったが、ちょっと離れると茶目っ気タップリなのが池田流。杉山がゲージ擦りをしているテーブルでは、毒島誠や峰竜太、山口剛も同じ作業をしていたのだが、その輪に入って若者たちに話しかけ、爆笑を引き出していたのだ。さらに、調整終了後には中野次郎に絡みついて、「メッシ！」と何度も何度も大声を飛ばしていた。なんだ、メッシって？ アルゼンチンのすごい人か？ というか、本当にメッシと言っていたのかどうかわからんけど……。たまたま通りかかった平本真之が「ラッシ！」と返していたので（本当にラッシかわからんけど）、この掛け声が愛知県常滑あたりでは流行っているということなのだろうか……。ようするに、池田浩二、自然体である。
とまあ、目立った動きといえばこれくらいだった。濱野谷憲吾がペラ室にこもっていたとか、菊地孝平が１Ｒ後に作間章とじゃれ合っていたとか、前田将太と岡崎恭裕がなんかニコニコしていたとか、いろいろあるにはあるが、全般的に静かな空気にピットが支配されていたと言っていいと思う。
あ、そうそう。１Ｒ発売中に地上波中継の収録を行なっていたのだが、これがたまたまペラ室から整備室への通路の周辺で行なわれていた。そのとき、瓜生正義がゲージ擦りに向かおうとペラ室を出た。収録を発見した瓜生はそーっと迂回しつつ、装着場の端っこへ。見切れないようにと、収録が終わるのを待っていたのだ。いやいや、瓜生が見切れるのは、この場ではまったく自然でしょう（笑）。でも瓜生は「いやいや、悪いですから」と収録を見守っている。大丈夫大丈夫、行けますって。そう言っても、瓜生は「いやいやいや」とか言って、カメラに映らないようにしているのである。いい人だ（笑）。こういう姿を見るにつけ、瓜生正義がなぜあんなにも強いのか、不思議に思えてくるのである。（ＰＨＯＴＯ／中尾茂幸 池上一摩 ＴＥＸＴ／黒須田）
