BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――誇れ、桐生! 前を向け3人よ!

 

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「喜んでいいのかな」

 優勝した桐生順平が凱旋し、埼玉勢や同期の100期軍団が祝福する声にこたえて、桐生はいったんは両腕をあげた。だが、起こってしまったひとつの事実が、桐生の心に複雑な思いを生む。それは当然のことではあろう。

 桐生だけではない。仲間たちは桐生の勝利を称えていたけれども、その声や拍手は控えめだった。その出来事の当事者たちの心中を思えば、彼らも当然、複雑な思いになる。

 他人事ではないのだ。いつ、自分にその悲しみが降りかかってもおかしくはない。こうした大舞台ではなくとも、全員が同じ経験をしているのだ。もしかしたら佐藤翼は2年前を思い出してしまっただろうか。

 

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 峰竜太、渡邊雄一郎、土屋智則、フライング。

 優勝戦Fのペナルティは重い。彼らは半年間、GⅠには出走できない。3艇フライングともなれば、返還金額もハンパではなく、それに対して湧き上がる大きすぎる罪悪感、これもまたペナルティのようなものだ。渡邊は、GⅠを勝って上の舞台に行きたいと言った。強すぎる先輩がズラリとそびえ立つ大阪支部では、記念斡旋もなかなか回ってこない。きっかけがあれば……そのきっかけになるのが、間違いなくヤングダービーだった。しかし、このフライングで半年間は決してGⅠ斡旋が入ることはないのだ。決意が大きかっただけに、喪失感も大きいだろう。この“天国と地獄”感は、なかなか癒えないかもしれない。

 

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 土屋智則にしても、群馬支部がアゲアゲモードに入っている中、それについていって、さらに飛躍したいと考えていたはずだ。彼が見せた進入の駆け引きは、間違いなくその決意の発露だ。それだけに、ここで足踏みしなければならないという事態は、痛い。土屋の場合はそれだけでなく、自分がもっとも大きな勇み足をしてしまったという罪悪感にも苛まれるかもしれない。スリット線を超えた分以上の痛みが、彼を襲っていると思う。

 

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 もっとも強い痛みに耐えなければならないのは、やはり峰竜太だ。1号艇のFの意味を、わかっていないはずがない。このヤングダービーにおける、節間にせよ優勝戦にせよ、自分の立場もよくわかっているはずだ。そうしたある種のしがらみ的な部分だけでなく、峰自身の野望や狙うべき境地において、この挫折は痛い。盟友である篠崎元志や岡崎恭裕らが味わったことを思い出せば、自然と気分は地下深くにまで落ちていく。

 ピットに戻った峰を、正視するのは辛かった。顔面蒼白。前を向くことができない。受け止めがたい現実に苦しんでいる。まったく足が前に進まない。全身で、激痛を感じていたのだ。涙は見えなかったが、必死で耐えたか。だが、身体全体が、涙に濡れているように僕には見えた。

 僕は、基本的にフライングを責めない。今日も同じだ。勝負した彼らの思いは絶対に否定しない。しかし、このフライングは彼ら自身を痛めつけている。それが辛い。だから、フライングはできるだけないほうがいい。特に、峰とは会話をする機会も多い分、その心中に渦巻くものが想像できるから、なお辛い。きっと、しばらくは引きずるだろう。心を癒すのに時間がかかるかもしれない。だが、やはり峰も、土屋も、渡邊もこのリベンジを果たすため、必ず大舞台に力強い表情でふたたびあらわれてほしい。そうしてファンに熱狂を与えることこそ、彼らがなすべき禊ぎだろう。一般戦が主戦場となる時期を過ごしている間も、僕は彼らに注目し続けよう。彼らの壮大なるビッグ・カムバックを楽しみに待ちながら。とりあえず、峰竜太よ、ダービーでこの無念を晴らせ!

 

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 喜ぶべきなのである。胸を張るべきなのである。フライングが起きたことは、桐生順平の優勝の価値を損なうものではない! 3人に対する気遣いはあって当然。そのあとには、思い切り勝利に浸ればいいのだ。初代ヤングダービー覇者となったことを誇ればいいのだ。

 なにより尊いのは、地元で行なわれる新設プレミアムGⅠの絶対的エースと目されたプレッシャーに耐え抜き、結果を出したことだ。レース直前、喫煙所で佐藤翼と話していたときのこと。勝負に向かう桐生に、佐藤が「ケツつねりますか」と言った。何それ? 確認する間もなく、桐生は佐藤に尻を突き出し、佐藤はケツをキュッとつねった。「今日は自分でつねりっぱなしだよ」と笑いながら、待機所へと向かう桐生。昨夜の宿舎で、佐藤が「ケツをつねると緊張が和らぐ」と言ったそうだ。会見では「それであまり緊張せずにすんだ」ということを桐生は言っていた。桐生がどんな思いで一節を、優勝戦を戦ったのか、明らかだろう。

 そんななかで、優勝という結果をちゃんと残した。素晴らしい、以外の言葉が見つからない。

 

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 もちろん、準Vの黒井達矢も見事だ。地元ワンツーを決めたのだ。いったんは自分にも勝ち筋がなかったわけではなかったので、レース後は悔しそうな表情を見せてはいたが、「桐生さんが勝ったんなら良しとしよう」と笑っている。そう、良しとしよう。6号艇からよく奮闘した。立派な戦いぶりだっただろう。

 

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 長尾章平にも拍手だ。わりと飄々としているタイプなので、レース後には表情の変化はよく読み取れなかったが、安堵の思いもあっただろうし、完走したことへの充実感もあっただろう。帰り際、お疲れさまでしたと声をかけたら、やっぱり飄々としてました。本当にお疲れ様。あなたにもSGで会いたいですね。

 その3人は、優勝戦できっちりと走り切ったことをおおいに誇るべきだ。繰り返しになるが、桐生の優勝は見事な優勝なのだ。

 

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 というわけで、ちゃんと喜ぶ瞬間もありました。そう、水神祭! GⅠ初優勝の桐生だから、もちろんあるのです。埼玉勢と100期勢がずらりとそろって、もう暗くなっていた水面で敢行されております。そして、お約束のように、全員がドボーン! 途中帰郷した青木玄太以外の100期6人+埼玉勢3人が一斉に飛び込む姿はなんとも豪快でありました。そして、いったん陸に上がったのにふたたび飛び込みまくる彼らのはしゃぎっぷりは、なんとも気持ちのいいものでありました。

 桐生順平、おめでとう! このシーン、また近々見せてくれるんですよね。もちろん次はSGで。そのときは、ピットに凱旋した瞬間に、ド派手なガッツポーズ、頼みます!(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)