ある予選、私的回顧
『ALL THAT BOATRACE!』
5R 並び順
⑤西島義則 25
①白水勝也 68
②茅原悠紀 26
③魚谷智之 17
④赤坂俊輔 20
⑤平山智加 21
そう、5Rだ。書かねばなるまい。西島、茅原、魚谷が紡ぎあげた熱闘譜。まずはピットアウトから“事件”は起こる。5号艇・西島義則のイン奪取。ゴリゴリの強奪と言うより、F2持ちで少しでも助走距離が欲しい1号艇・白水勝也がターンマークを開けたところに、スッと忍び込んだ。「1号艇が進入を緩めたら奪う」は昔ながらのイン屋の鉄則であり、最近の西島はこの“チョイ差しイン奪取”が増えているな(笑)。
西島だけがずんずん深くなるイン水域。これを見て、4カドの魚谷智之が燃えた。スリットからグイッと抜け出し、一気に絞めはじめた。間違いなくひとまくり、と思った瞬間、3コースの茅原悠紀が舳先半分で敢然と抵抗した。力任せに攻め潰そうとする魚谷と、舳先を引っ込める気配がない茅原。さらにその内から西島が飛びついたから、さあ大変だ。最近では極めて珍しい、3艇横並びの大競り! ありがちな「絞めて絞められての玉突き衝突」ではなく、意地と意地と意地のぶつかり合い。
で、これだけやり合えば外の艇が生きる。魚谷マークの赤坂俊輔ががら~んと空いた内水域を一気に突き抜けて、早々に1着が決まった。が、大競り3人の激闘はまだまだ続く。まず、茅原&西島にブロックされた魚谷は「付き合いきれん」とばかりに艇を引いて、差しに構えた。冷静的確な判断だ。逆にとことん抵抗し続けた茅原は、西島に張り飛ばされた。魚谷も引かなければ、2段でぶっ飛ばされて博多湾の大型客船に乗り上げたかもしれない。
赤坂-魚谷でワンツー態勢が固まりつつあった1周2マーク、3艇身ほど後ろからまたあの男がやってきた。西島だ。外から内へ、まっすぐターンマーク目がけて直進し、2番手の魚谷にタックルした。突進ダンプ。間一髪、魚谷がその猛タックルを交わし、引き波にハマった西島は最後方へ……逆に、2着争いへと持ち込んだのは、1マークで最後方までぶっ飛ばされた茅原だった。バックでは魚谷の5艇身ほど後方だったのに、西島vs魚谷の片隅でこっそり異次元ターンをやらかしていたのだ。なんちゅう男だ。
2周ホームは魚谷vs茅原の一騎打ち。うーん、忙しい。2周1マーク、やや劣勢の茅原が強引に先マイし、外に開いた魚谷が冷静に差し抜ける。これで一気に隊列は縦長になり、今度こそ赤坂-魚谷-茅原で確定した。と思ったら、2周バックで最内からひたひた追い上げる不気味な影が見えた。1周2マークで矢折れ刀尽きたはずの西島が、そこにいた(VTRで確認すると2周1マーク、最後方からまくり差しで4番手浮上)。
2周2マークの手前、それでも茅原と西島との差はセイフティと呼ぶべき4艇身ほどもあった。当然、茅原は前の魚谷を追う。スッと外に開いて、何度も逆転劇を演じたあの全速差しを繰り出そうとした。そのときだ。おそらく、最内から真っすぐターンマークに向かう西島の姿が視界に入った。その姿を「危険」と認識した。茅原は瞬時に差しから全速の握りマイに切り替えた。それはまるで、ライオンと遭遇したカモシカが本能的に飛び去るような握りマイだった。あるいは、1周前の西島の突進が脳裏に浮かんだのかもしれない。
そして、それを見たであろう西島は一転して減速し、くるりとターンマークをなぞるように小回りした。恐ろしく老獪かつ無駄のないそのターンは、外へと流れる茅原をキッチリ捕えきっていた。一発の旋回で茅原を抜き去る55歳って……ターンマーク勝負は単純にスピードだけでは決まらない。勝負師の奥義とともに、改めてそう痛感した。
そこからの1周は西島と茅原のボートチェイス。茅原が自慢のスビートで迫ろうとしたが、西島が決め手を与えない絶妙の位置取りをキープしてそれを完封した。
ピットアウトからゴールまで、これほどボートレースの魅力が詰まった実戦は珍しい。わずかな隙を突いたイン奪取、4カドからの気合の絞めまくり、内の2艇がブロックしての大競り、切り返しからの猛烈ダンプ、常識破れの異次元ターン、突進と見せかけての小回りターン……現行のルールの範囲内で、3人ができうる限りの技と意地と気合を競い合った。それぞれの個性が見る者にはっきり伝わる名勝負だった。
「昔の“競艇”は面白かった」
私も含めてロートルファンはことあるごとにこう呟くが、なんのなんの、水上の格闘技は近代ボートレースにもちゃんと息づいている。そう思った。しかも、単なる切った張ったのチャンバラだけではない、異次元スピードvs老獪なテクニックの攻防も堪能できた。55歳と40歳と29歳、それぞれの世代で培った“競艇”と“ボートレース”が、それぞれの持ち味として水面に投影され、溶け合うように混在してもいた。
「枠なり3対3で1号艇=インが強いレースの方が買いやすい。こういう進入から道中から乱れまくるレースは買いにくい」
そう思うファンも、このご時世だからして少なくないだろう。それはそれで構わないのだが、私はこの5Rのような激闘が長く太いボートレースファンを育むと信じている。枠番やコースではなく、レーサーの個性や特長や心持ちが鮮明に脳みそに刻まれるレースが。(photos/シギー中尾、text/畠山)