地味な大天才
12R優勝戦
①今村 豊(山口) 11
②江口晃生(群馬) 19
③大場 敏(静岡) 22
④三角哲男(東京) 13
⑤野長瀬正孝(静岡)24
⑥渡邉睦広(東京) 17
強かった。その一語しかない。
今村が勝つであろうことは、昨日の準優が終わった段階で確信にも似た予感を抱いていた。が、レースは完璧な予測などできない生命体だ。打倒・今村に燃える江口が優出インタビューで闘争心を剥き出しにし、直前のスタート練習でも1本目は今村より2艇身ほど前に出てみたり、2本目はしばらく今村の真後ろにいて「こっからインに入ろうかな」みたいな仕草をしたり、陽動作戦とも思える動きを見せた。
また、「名前は3カドでも今日は4カド」と言ってファンを笑わせた三角は、チルトを0・5度に跳ねてカド戦の破壊力を増幅させた。5コース想定の野長瀬は、その動きを察知してマーク差しができる仕上がりを目指していた。誰もが、大本命の今村を脅かすために、できうる準備をしていた。
そして、レース本番。インの今村に冷や汗をかかせたのは、三角だった。跳ねたチルトが物を言って、スリットからぴったり1艇身ほど抜け出した。勢い、握りっぱなしで内2艇を叩き、今村の外もぶん回す。並のイン選手なら一撃で引き波に呑まれるほどの豪快な4カドまくりだった。
が、すべての足をほぼ完ぺきに仕上げたミスターには届かない。パワーだけでなく、今日も今村のスタートは絶品だった。優勝インタビューで「これぞ今村豊スタートです」(起こしからフルッ被りレバー握りっぱなしでスリットを通過するスタイル)と自画自賛したスタート力が、三角の猛攻をシャットアウトする大きな一因でもあっただろう。
ターンの出口、三角マークを決め込んでいた野長瀬が全速の差しハンドルをぶち込んだが、これも届かない。バック直線、仕上げきった24号機がそれらの猛攻を振りきってシュッと突き抜けたとき、2年ぶり3度目の優勝が確実なものになった。もちろん、3度目の優勝は歴代新記録。「ミスターマスター」では語呂が悪すぎるので、将棋の「永世名人」にちなんで「永世マスター」と勝手に呼ばせてもらおう。
継続の人。
今節、今村を見ていてこんな言葉が浮かんだ。いままで「プリンス」「艇界のエポックメイカー」「天才」「新レジェンド」そして「ミスターボートレース」などなど、ド派手なニックネームを多数保持する今村だが、その根底にあるものは地味な「継続」という言葉ではないか。そんなことを思った。かつて、今村自身がインタビューで語ったセリフも思い出した。
「みんな天才天才って簡単に言うけど、生まれたときからの天才なんていないと思ってます。僕は強くなりたくて、同じことを何度も何度も地道に繰り返してここまできた。僕の好きな言葉は『努力』。天才って呼ばれる人はみんな他の人以上の努力をしてるんじゃないですかね」
確か、そんなセリフだった。「継続の人」という言葉とこのセリフを思い出したのは、記者席に日々配られる「体重履歴一覧表」をつらつら眺めていたときだ。今日までのミスターの体重をここに列挙しておこう。
前検日50・8kg
初日 50・8kg
2日目50・8kg
3日目50・8kg
4日目50・8kg
5日目50・9kg
6日目50・7kg
毎日、ほぼ同じ。しかも制限体重の51キロよりも少しでも軽く、だがしかし調整重量の対象(50・4キロ)にならないギリギリ中間の体重を常に維持し続けてきた。思い起こせば、今村豊の体重はいつもほとんど制限体重ジャストだ(松井繁も)。
「やっぱ、すげえな」
この数字を見ながら私は呟いたのだが、考えてみれば、今村豊という男はいつだってなんだってこんな塩梅なのだ。モーターが噴いても噴かなくても誰よりも水面に出て誰よりも足合わせを重ね、スタート特訓は皆勤賞で「こんな大事な練習に出ないヤツの気が知れない」と眉間に皺を寄せ、スタートの起こしはスローのターンマーク起こしを理想としてそのスタイルを長きに渡って続け、スリットでわずかでも覗けば絶対に差さずに握って内を攻める。同じことを飽きずに繰り返すことで、最善の結果を出してゆく。「継続の人」。
今節、私は江口のことを「信念の人」と書いた。江口は前検日に54・0キロで入って初日には52・3、2日目には51・1キロまで落としていた。この数字の変化を見るだけで、江口のやると決めたら絶対にやり遂げる信念のようなものを感じさせる。今村豊も己のスタイルを貫き通す点では信念とも言えるのだが、やはり「継続」という言葉の方がしっくりくる。そして、その「継続」を他の言葉に置き換えるなら、やはりそれは「努力」なのだろう。
「今日の優勝がどうのこうのより、1戦1戦、どんなレースでもあっても、目の前にあるレースをただひたすら一生懸命に走ってきた。その結果だと思ってます」
表彰式で最後のセリフを求められたミスターは、淡々とこんな意味のことを言った。目の前にあるレースを1戦1戦。多くの選手が口にする常套句なのだが、この人の言葉はすんなり心に染みた。本当に、そうやって何十年も走り続けた人なのだ。だからこそ30年以上もすべて勝率7点以上を維持し、55歳の今でもプレミアムGIを獲れる男なのだ。ステージで微笑む同い年のヒーローを見て、私は「この“同級生”には未来永劫かなわんな」という、いつも頭に浮かぶセリフを、いつもの何十倍も痛切に実感した。継続は力なり。今節のミスターも、まったく妥協のない1戦1戦の一生懸命の積み重ねが、ごくごくシンプルに今日の優勝に直結したのだろう。(TEXT/畠山、PHOTOS/シギー中尾)