11R発売中に、中島孝平が閑散としたピットにあらわれた。向かった先は、風向風速がリアルタイムで示されるボード。中島は優勝戦の展示を控えて、風の向き、強さを確認したのだ。ああ、平常心を保てているのだな、と思った。初めてのSG優勝戦1号艇に浮足立ってやるべきことを見失う、というところがまるでない。ガッチガチに緊張していたとしても同じことをしていた可能性はあるけれども、その飄々とした雰囲気を見れば、中島が粛々と運命の時間を待っているのは明らかだった。その後、同期の笠原亮が「まったくいつも通りですよ」と中島の精神状態を証言もしてくれた。中島が敗れるシーンはますます考えにくくなっていた。
レースは中島の完勝と言っていい。吉川元浩の地元気合の一の矢を止め、新田雄史の二の矢もしりぞけて、一気に逃げ切った。強い逃げ切りだった。その強さを間近で実感したからだろう、ピットに戻ってきた敗者たちは、脱力していたような雰囲気もあったほどだ。吉川が攻めたことで、新田には一瞬勝ち筋も見えていただろうから、その分、彼の顔には硬直したようなところがあっただろうか。勝利以外では2着はもちろんいちばんいい結果だが、だからこそ悔しさがいちばん大きくなるということは往々にしてある。
吉川は、スタートを決めてカドから攻めた。地元の意地が伝わってくる、素晴らしい戦いぶりだったと思うが、吉川は「もっとスタートを行きたかった」と悔やむ。コンマ11ではまだ自分としては足りなかったということだろう。それでも、顔を歪めてそう言うのではなく、やはり力が抜けたような微笑が浮かんでいた。たしかにあとコンマ05早いスタートを決めていれば運命は換わっていたかもしれないが、しかし中島が強かったのだという実感はあったのではないか。
前田将太は、もっとはっきりとした笑顔が見えていた。もちろん、その奥に悔恨はあっただろうが、吉川が叩いてきたことも含めて、相手が強かったというのが実感なのだろう。6コースから2番手争いには持ち込んだ平本真之も同様。平本の場合はむしろ、劣勢の足であそこまでの戦いができたことに、ちょっとした充実感もあったか。もっともそれはモーター返納後の様子であって、ボートを降りたときには大きく息を吐いて、全身の力を抜くようなところがあった。
やはり脱力感のようなものが見えたものの、少し違ったのは白井英治の表情。いつも通りというか、優勝戦とか予選とかにかかわらず敗戦後に見せる険しさが白井には貼り付いていた。真っ先に吉川に叩かれたということは、真っ先に勝ち筋を消されたということでもある。それでも捌いて捌いての3着は上々の結果だと思うが、そんな発想は白井にはない。何よりもまず、吉川に叩かれた原因=スタートでのぞかれた自分を責めていたのだと思う。
スタートに関しては、レース直後の中島の第一声が「スタート放ってしまった」だったりした。今垣光太郎、萩原秀人に出迎えられ、萩原とグータッチを交わしてボートを降りた中島は、地上波中継のインタビューに向かっている。到着した中島が、まず呟いたのがその言葉。優勝したんだから、放ろうが何だろうが、別にかまやしないと思うのだが、中島の脳裏に浮かんだのは、喜びを別にすればまずそのことだったのだろう。手放しで歓喜してもいい場面なのに、反省が頭をよぎる。なんと真面目な人なんだ、と思った。
その真面目さの積み重ねが、中島の大きな武器になっているのだろう。ピットで見ていれば、中島がいかに選手仲間に好かれているかはよくわかる。他支部の先輩からも本当によく話しかけられているし、時にいじられてもいる(笑)。みな、その真面目な人柄を認めているのだろうし、それがさまざまなかたちで力になっている部分もあるだろう。
まあそれでも、今日ばかりはただただ歓喜に浸ってもいいんじゃないですか、中島選手! 今節の中島孝平は本当に強かった。さまざまな反省はもちろんあるだろうけど、それを振り返るのは明日でいい。今日は特に仲のいい萩ちゃんと美酒に酔っちゃってください! おめでとう!(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)