BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――狙いすましたV

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 8~9Rの時間帯、ピットに足を向けてみると、序盤と同様、大きな作業をしている優勝戦メンバーは見当たらなかった。優勝戦用のカウルをつけたボートはすべて装着場にあって、それぞれが着水に向けて準備をしているといった雰囲気。10R発売中にはスタート練習があるので、9R発売中のうちに着水しようということだろう。西島義則以外のモーターにはペラが着いていたので、あとは着水するのみという感じではあった。
 そんななか、原田幸哉が控室のほうからあらわれ、整備室へと入っていった。だが、整備室内をただ歩き回っただけで、ものの数十秒後には出てきている。そしてまた控室へと戻っていった。メモには走り書きで「ユキヤ 思案顔で歩き回っている」とある。最後の調整の方向性を考えているのかな、などと僕は考えていたのだろう。と言いつつも、それほど重要視はしていなかったのも事実であり、もしレース結果が違うものだったとしたら、スルーして文章化をしなかったと思う。

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 まくり差しを狙っていた、と表彰式で原田は言った。いかに西島に抵抗されずに西島を交わし、差しを入れるかを考えていた、と。
 僕は原田の戦法はまくりだろうと決めつけていたところがあった。あの直線の足を見れば、それが最善策だと思っていた。また西島がまくりには徹底抗戦するタイプということを考えれば、自身と太田和美の間を行こうとするまくり差しには飛びつくに違いなく、西島に抵抗の隙を与えずに叩き切るまくりか、西島のはるか外を握っていくまくりが勝負手ではなかろうか、と読んでいたのだ。

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 そうではなかった。今日は強い追い風が吹いていたのだ。「向かい風だったらまくったかもしれませんね」と表彰式で原田は言っている。強い追い風のなか、自分の必勝形はどんなものか。原田はそれを考えて、「西島をしっかり交わしてのまくり差し」と導き出した。あの夕方の時間帯に思案顔でいた原田が、まさにその導き出した瞬間だったかどうかはわからない。そのときは別のことが脳裏にあったのかもしれない。ただ、原田は超抜と言える足を活かし、どんなハンドルを切れば勝てるかを考え、考え、考え抜いた。そして、正解を導き出して、水面で表現し切ってみせた。僕の読みなど原田に比べればまるで足りなかったのだし、そして原田は作戦面においても、水面での技術においても、もちろんモーターのパワーにおいても、完璧だったということである。

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 この完璧な勝利で、原田は来年のクラシック出場権を得た。原田はこのことを非常に喜んでいたわけだが、なぜなら舞台は地元の大村である。そして、BBCトーナメントの優先出場フラッグのプレゼンターとして登場した今村豊さんから「マスターズを優勝して、その権利で出場したクラシックを優勝した者はいない。ぜひ成し遂げてほしい」と激励され、原田はさらに意を強くした。地元で迎えるクラシックで、今村さんからひとつの思いを託されたのだ。燃えなければおかしいというものだ。この下関で生まれた“偉業”への萌芽が地元で開花するかどうか。そのためにもこれからの1年は原田にとって大事な時期になるし、その1年間の原田を追い続けるのはひとつのドラマを追うことにもなるだろう。
 ともかく、原田幸哉、お見事でした! おめでとう!

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 敗者では、太田和美が何度か首を捻っていたことがやはり印象に残る。追い風の影響か、1マークはターンをやや漏らした。それが結果的に原田にVロードを作ることになってしまった。報道陣の質問には淡々と答えていたが、しかし表情には暗鬱なものがどうしても浮かんでしまっていた。自身のミスを実感していたからこそ、勝利を逃したことの大きさを痛感していたのかもしれない。

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 あとは逆転3着でオーシャンカップ勝負駆けに成功した金子龍介なのだが、ピットに戻ってきた直後には、それを喜んでいるようには見えなかった。まあ、なにしろ最後は大接戦。3着を獲り切ったことを確信していなかったのかもしれないわけだが、モーター返納が終わったあとも特に笑顔は見られておらず、それよりもやはり勝てなかったという事実を受け止めていたということだろう。それが勝負師というものである。それでも、芦屋で会えるのが楽しみです、キンリューさん!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)