BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――大波乱。

 締切が5分延長となったことが魔を呼んだのか。発走直前、急にピットに風が吹き込み始めた。水面を見るとやや波立っており、吹き流しが力強くピット方面に向いている。スタート展示時はベタ水面だったものが、突如その貌を変えたのだ。
 それがスタート勘を狂わせたのだろうか……。ビジョンには「スタート判定中」の不穏な文字。やがて、③④と艇番の色をまとったふたつの数字が「返還」という文字とともに映し出される。嗚呼……。
 3号艇は新田雄史。内2艇に対して完全にのぞいていた新田は、その勢いのまま内を叩いて先頭に立っている。しかし、痛恨の勇み足……。レースを離脱し、いち早くピットに戻った新田がヘルメットを脱ぐと、引きつって完全に固まった顔があらわれた。それからエンジン吊りの間も、カポックを解いてモーター返納に向かう際も、そして返納作業の間も、その表情はいっさい変わることがなかった。もちろん起こってしまった事象の重さに苛まれてはいただろうが、それ以上のことは考えられないとでもいった表情。それはあまりに痛々しいものだった。

 4号艇は白井英治。明らかにカドから勝負を懸けて踏み込んだが、それは裏目に出てしまった。白井は新田とは対照的に、眉間にシワを寄せ、顔を歪めて痛みに耐えていた。そしてそれは、エンジン吊りの間も、カポックを解いてモーター返納に向かう際も、そして返納作業の間も、いっさい変わることはなかった。白井もまた、事の重大さを受け止めながら、ほとんど何も考えられなかったのではないか。
 返納を終えた白井は僕の顔を見て、「勝負を懸けたから……」と呟いた。その先は仕方ないと続くのかもしれないが、しかし言葉は出てこない。そして、「1年?」と弱々しく尋ねてきた。そう、1年。SG優勝戦Fは、向こう1年、SGの出場権を失うことになる。来年は徳山でグラチャンがあるのだが……。そうした事実も、これからジワジワ白井の心をさらに傷つけるだろう。だが、グランプリはこの規定の例外である。白井は現在賞金ランク9位。ダービーとチャレンジカップに出られないのは痛いが、充分18位以内には残れる位置だ。それを伝えると白井は、少し力強くうなずきながら「グランプリで」と言った。この思いを晴らすのは、大村の大舞台だ。

 この2人とはハッキリと違う、つまり落胆をあからさまにあらわしたのは、言うまでもなく菊地孝平である。ヒーローの水神祭を待つ間に「Fをした二人も大バカヤローだ。でもスタートで遅れた俺が大バカヤローだ」と口にしていたが、しかし地元SGの優勝戦、しかも1号艇で、さらに言えば風がガラリと変わって、スタートを踏み込めないのは致し方ないことだ。それでもコンマ19という数字は、菊地にとってはやはり屈辱だったか。池上カメラマンが撮影の途上で耳にしたそうだが、「もう少し行けていたら先マイできたかも」とも言っていたそうだから、やはり悔いが残るスリットだった。
 モーター返納の際には、テーブルに両肘をつき、ガックリとうなだれて、しばし動けなくなっていた。その痛みを誰よりも理解しているであろう坪井康晴が、菊地に代わってプラグを外し始める。その音で菊地は我に返り、坪井を制して作業を始めている。おそらく、菊地には悔恨だけでなく責任感、あるいはそこからくる背徳感が襲っていたことだろう。それは、新田や白井とはまた別の意味で、激しい痛みになっていたはずだ。菊地はこれで賞金ランク7位に浮上した。菊地もやはり、大村でこの思いを晴らすしかない。

 そんな大波乱の優勝戦、しかし片岡雅裕の優勝の価値はいささかも揺るがない! 6コースから素晴らしいスピードでターンマーク際を差していったその走りは、決まり手は恵まれとはいえ、優勝者にふさわしい力強さだった。新田が離脱したあと、バックでは内に片岡、外に菊地と、昨日の準優と似たような並走状態となっている。菊地にとっては、山口剛が逆転を狙って突っ込んできたことが不運ではあったが、しかし片岡は昨日の二の轍は踏むまいと、しっかり先に回って突き放してみせている。優勝が見えた展開のなかで山口が内に来ていたことをわかっていたというから、冷静でもあった。2周目ホームでは完全に勝利を手の内に。おめでとう、SG初優勝だ!

 凱旋した片岡は涙ぐむ場面もあったが、師匠の秋山広一との出会いを思い出して、こみ上げるものがあったようだ。表彰式でも師匠や仲間、家族の支えについて振られて、やはり涙をこぼしている。この瞬間まで自分に関わってくれた人たちのことを思い、感極まった片岡。単にタイトルが獲れたことが嬉しいというより、きっと仲間もまた喜んでくれているだろうと想像して、感激を深めたわけだ。

 それでも、片岡は仲間たちの祝福を受けながら、ひたすら笑顔を振りまいていた。磯部誠が「マー君、おめでとう!」と叫ぶ。そうか、後輩にもマー君と呼ばれているのか。まあ、磯部は悪ガキタイプだから(笑)、はばかりなくそう呼んでるのかもしれないが、そう、ピットには「マー君」の呼称が山ほど飛び交っていた。ちょっとおとなしめに見え、またイジられタイプのようでもある片岡は、小柄な体型もあって、先輩も後輩もキュートと捉えているようである。今節は初日にカポックを間違えて展示に出るというハプニングもあり、そのときも仲間たちが笑顔で見守っていたものだ。そんなマー君が、ついにSGの頂点に立ち、グランプリにも駒を進めることになる! 鬼たちが鎬を削る舞台で、マー君はどのように振舞うのだろう。それを見るのが、本当に楽しみになってきた。キュートに見えて、実は芯が太いと僕は睨んでいるので、その太々しさを見たいという期待も込めて。

 さあ、SG初優勝だから水神祭! なんと、すでにレース場を後にしていた同期の篠崎仁志が急遽Uターンして駆け付けるという、サプライズもある水神祭となっている。参加したのは同支部の平高奈菜、同期の仁志、地元の坪井と深谷知博。4人という少数精鋭ではあったが、ウルトラマンスタイルで持ち上げられると、豪快にドボン。そしてもちろん、仁志もドボン。水中でハイタッチを交わしている。うーん、仁志の男気も素敵!

 で、地元の菊地は参加しなかったのか、というと、「俺の舟券を買った人に、負けたのに笑っている姿を見せるわけにはいかない」と辞退している。そう、菊地孝平、あなたはよくわかってる! しかし、水神祭の前、片岡をギュッと抱きしめていたことはお伝えしていいだろう。去り際、「マー君おめでとう。バーカ!」と吐き捨てていたことも(笑)。2日連続のバカヤロー攻撃。粋すぎるでしょ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)