BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――波乱の中の歓喜

●10R

 悲鳴と歓喜が交錯した。まずは悲鳴だ。スリットから伸びていった下條雄太郎を牽制しようとしたイン茅原悠紀が、外に意識が向きすぎたのか、ターンマークに当たって落水してしまったのだ。名手のまさかの事態ということもあるが、やはり危険なシーンと見えたから、選手たちも関係者も声をあげずにはいられなかった。

 その次の瞬間、「3番、フライング」のコールがかかる。ここでまた別種の悲鳴があがった。下條雄太郎、痛恨の勇み足。この4月からSGとGⅠの優勝戦と準優勝戦のFペナルティが厳罰化されている。下條はSGでは第一号となってしまった。下條はこれが21年クラシック以来のSGで、久しぶりの登場だったというのに、また1年も遠ざかることになってしまった……。真っ先にピットに戻ってきた下條は、固まった表情のまま、競技本部に向かって走った。痛みをこらえながら。

 ピットにいた者たちの心には雲がかかったようになっていたのだが、その次の瞬間、にわかに皆の顔が明るくなった。先頭を走っているのは、倉持莉々! 下條は茅原と接触して後退していたので、F艇が退避したのではない。展開を突いてしっかりと己の力で抜け出してきたのだ。一斉に拍手が起こり、中村桃佳は「やった!」と叫ぶ。2マークを先取りして完全に先頭に立つと、中村はリフトに向かって駆け出した。1マークに事故艇がいるので、もはや順位に変動がないことは確定的。ということは、倉持は1着。倉持は優出! その確信が同期の中村を走らせたのだ。その途中で、平山智加や平高奈菜と合流。女子5人目のSG優出に、彼女たちは気持ちを高ぶらせていた。

 ピットに戻って笑顔の仲間たちに出迎えられた倉持は、ひたすら嬉しそうに笑っていた。アンビリーバブルというように、ちょっと肩をすくめてもいたが、まあそういうものだろう。もちろん最高の結果を出したいと思って参戦はしていたはずだが、しかしSG2度目の出場でまさかファイナルに辿り着くとは、自分でも信じられないことに違いない。その後、歴史を作った遠藤エミにも祝福されていた倉持。しっかりバトンを受け取った、といったところだろう。

 2着は深谷知博だ。すぐ隣が勇み足をし、いったんはまくられたような格好になったから、自身も早いスタートだったということも含め、苦笑いのレース後であった。それでも冷静に展開を捌いての2着はさすがである。明日はこの苦笑いが歓喜の笑いになるかどうか。

●11R

 石野貴之が順当に逃げ切り。まさにまくらせず差させずの快勝だった。レース直後は淡々とした様子だった石野だが、エンジン吊りを終えたあとに原田幸哉に称えられるとヘルメットの奥でニッコリ。さらに仲のいい西山貴浩には、寿司を食べるようなポーズを見せていた。レアード!? まあ、真意のほどは謎である。その後、原田、西山と小声で密談を繰り広げ、原田が「よう言うわ」とばかりに手袋を石野に投げつけた。パワハラ!? 3人は顔を見合わせて呵々大笑。なんともゴキゲンな絡みを見せてくれたのだった。足は節イチクラスだし、石野は気分上々!

 2番手は瓜生正義が先行し、篠崎元志が猛追したが、瓜生がしのぎ切った。選手会長が優出! 昨年のグランプリシリーズで優出しているが、トライアルから移行しての特殊な大会だったし、52名での通常の6日間SGでは会長としては初優出となる。もっとも、走っているときには会長ウンヌンなどということは関係なし。まあ、立場としてスタートには気を遣うことになるだろうが、道中ではひたすら超一流レーサーである。

 無念の3着となった篠崎は、やや顎を上げ、視線をやや上に向けながら、矍鑠と控室へと戻っていっている。態勢としては胸を張って、肩を怒らせているように見えるわけだが、内心は落胆が強かったはずだ。弱気なところを見せまいと意地を張ってのその振る舞い、というのは考えすぎかもしれないが、その強がるかのような姿にかえって悔しさが表れているような気がした。

 対照的に、牛歩で戻っていったのが宮地元輝。チルトを1・5度に跳ねて一発勝負をかけ、2マークは2番手先マイとなっているが、及ばなかった。どうしたって、あのマイナス10がなければ、と思ってしまうわけだが(ちょっと厳しい裁定だったと思っています)、しかし宮地はならば伸び特化と割り切って勝負に出た。その姿勢は実に男らしいと称えられていいだろう。ただし、結果が出なければさまざまな思いが頭をよぎるもの。エンジン吊りを終えた宮地は、佐賀支部の後輩たちに苦笑を見せた後、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくちと控室へと歩を進めるのだった。後ろから来る選手に次々と追い抜かれ、追いついた前田将太が声をかけて会話が始まったのに、前田がぐんぐんと離れていって会話が終了してしまうほどに。

●12R

 いやあ、凄い! 濱野谷憲吾、5コースまくり! もうすぐ50歳だというのに、この若々しさ! スタート決めて、のぞいて、躊躇ない外攻め。カッコイイにもほどがあるぞ!
 ピットに戻ってきたときには、桐生順平の祝福には笑顔を見せたものの、比較的淡々として振る舞いで、やや意外にも思えたのだった。しかし、瓜生正義に祝福を受けると、「かぁいちょぉっ!」とおどけてみせて、やっぱりゴキゲンなのであった。その後、報道陣のリクエストに応えて、倉持莉々とツーショット! 今節は東京支部からはこの2人だけの参戦で、東京在住のファンとしては少々寂しかったのだが、揃って優出とは嬉しい限り! 明日は芦屋に江戸の風を吹かせろ!

 一方、まくられてしまった毒島誠は、あまりにも痛い敗戦。1マーク旋回あとにキャビっての後退、最後方まで置かれて優出も逃したのだから、悔しさにまみれる準優となってしまった。それでも、毒島はそれを押し隠すように淡々と対戦相手に頭を下げて回った。胸の内を思えば、ぐっと堪えているのは間違いなく、やはりそれは痛々しい姿と映るわけである。少なくとも今夜のうちは、落胆から離れることはできないのではないか。

 2着は山田康二だ。大挙参戦の佐賀支部から、なんとか優勝戦に駒を進めた。エンジン吊りで山田を囲んだ若者たちも、嬉しそうに笑みを浮かべていた。そんななかで山田は、ペロリと舌を出す瞬間があったりして。まるで悪戯が見つかってしまった悪ガキみたいな表情だったのだが(笑)、いやいや、濱野谷に叩かれても冷静さを失わずに見事に立ち回り、磯部誠との2番手争いに競り勝ったのはお見事だった。クラシックでは準優でS立ち遅れて敗退しており、その雪辱も果たしたことになる。足的には充分にSG水神祭があっておかしくないと思うが、どうか。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)