予報通りの強風。水面が真っ暗になるほどの雲、そして雨。優勝戦の本番レースのときには雨は上がったものの、波高10cmの悪条件のなかでの戦いになってしまった。
そのあおりを受けたものだろう。1マークで吉川元浩が転覆。幸い大きなケガはなく、レスキューからは自力で降りて、中澤和志の問いかけに「大丈夫」と応えている。転覆艇の引き上げにも参加していて、それに関しては良かったと思う。しかし、吉川にとっては不本意な優勝戦1号艇となってしまったのは間違いない。悔しいというよりも、さまざまな思いが複雑に絡み合っていたはずだ。
4番手の桐生順平がゴールインしてからしばらくして、ボートリフトに集まった選手たちからは「あぁぁぁっ……」という悲鳴のような溜息があがっている。1マークでやはりあおりを受けた形で大きく置かれてしまった土屋智則に、タイムオーバーのコールがなされたのだ。あとわずかで5着完走だった、そういうタイミングだったため、仲間の選手たちは同情とともに声をあげたというわけだ。先頭がゴールして30秒以内にゴールできなければ不完走失格というルール。土屋もまた、巨大な消化不良感を抱えたことだろう。
天候は誰が左右できるわけでもなく、不運と言うに尽きる。そしてこれもまたボートレースの一面。吉川も土屋も、どこかでこの鬱憤を晴らすべく、明日からまた力強く歩を踏み出すことだろう。
そういう事故レースだったからか、完走した選手たちもまた、やや複雑そうな表情であがっている。6コースから健闘の2着となった平本真之も、SG初優出3着の宮之原輝紀も、である。何度も何度も書いているように、平本は感情を隠さない男。しかし、本当にサバサバとピットに戻り、サバサバとモーター返納作業に取り掛かっている。
初めてのSG優勝戦を、実質1周しか戦えなかったことはやはり消化不良ではあるだろう宮之原にしても、特に感情を波立たせていないような様子だった。平本とともにメダル授与式に向かうため着替えを終えたあとも、ただ淡々と会話を交わす。大きな悔恨も最大の歓喜も味わえなかった初めてのSGファイナル。そのどちらかを、もちろん後者をいつか手にするためにも、またこの舞台に立たねばならないだろう。
実は、勝った毒島誠もやや淡々としたレース後だったのだ。やはり事故レースであり、ピットに戻った時点では吉川の容態もわかっていないなかで、歓喜を爆発させる気にはなれなかっただろう。もちろんテレビのインタビューには晴れがましく応え、ボートに乗ってのフォトセッションでは笑顔も見せてはいたが、思ったほどの感情の爆発は見えないのだった。
そのフォトセッションでは、同支部の選手や縁の深い選手も一緒に写真に納まるのが恒例。しかし、同支部の土屋も優勝戦に乗っており、椎名豊はそちらのヘルプに走っていたため、なかなか姿をあらわさなかった。このまま終了するかと思われたあたりで、仲の良い長田頼宗が登場。毒島は「来てよ。友達がいないから」とおどけてみせている。その後にようやくあらわれた椎名にも、同じ言葉を掛けた。こうして陽気にふるまうのが毒島という男。たしかに毒島らしさが見えた瞬間ではあった。ただ、やはりどこかおとなしくも見えていたのもまた確かであった。
会見では、勝ち切ったという感覚がないという旨を語っている。事故レースであったこともそうだし、だから実質的にレースをしたのは1マークのみということもあった。たとえば1号艇で圧倒的に逃げ切ったとか、センター枠で豪快にまくり切ったとか、そういうレースならまた話は違ったのかもしれない。そうしたこともまた、毒島のテンションを思ったよりも上げなかったことにつながっていたのか。
それでも、毒島は勝ち切った、と僕は思っている。1マークの隊形を見れば、仮に事故がなくてもおそらく差し切っている。吉川と土屋がややのぞいたスリットで、土屋が握って吉川も牽制する展開になるだろうから、自分はしっかりターンマークを回るのみ。そう決断しての差しハンドルだったそうだ。ならば、周囲の結果はどうあれ、まさに毒島の判断力や胆力、そして旋回力の勝利である。昨年はSG優出がゼロという雌伏の時期であり、それを乗り越えて毒島は、たしかにここを勝ち切った。それでも比較的淡々とした今日であったのなら、近いうちにもう一度、喜びを爆発させる毒島誠を見せてもらおうじゃないか。まあ、会見で「40歳になりましたし」と毒島が言った瞬間にひっくり返りそうになった僕としては(20代前半のころからピットで顔を合わせていたものですから)、今日は大人の毒島誠を見たということにしておこう。ここからがさらに脂が乗る時期だと信じます。
桐生順平もわりとサバサバとしたレース後、だったのである。もちろん地元SGの優勝戦4着は不本意な結果であるに決まっているが、やはり事故レースであったことを気にした部分はあっただろう。なにしろ選手班長を務めた今節、もし同じレースでなければ真っ先にレスキューに駆けつけていたところだ。そうでなくとも、冷静にふるまうことで悔しさを押し隠そうという部分もあったのだと思う。
しかし、囲み取材を終えて整備室を出た桐生は、競技棟2階の選手控室へと向かう階段の前で一瞬、立ち止まった。そして、溜息を吐きながら、俯き、肩を落とした。すぐに前を向いて階段を上り始めたが、おそらく誰も見ていないと思ったであろう瞬間に零れ落ちた、本音である。せめて好水面で、全力で3周走らせたかった。桐生に対してはそう思ってしまう。前検から整備と調整に明け暮れて試運転でも走りまくり、また特に4日目など選手班長の仕事に奔走し、そして優勝戦までしっかり駒を進めた今節の桐生順平。残念な結果に終わってしまったけれども、ひたすらとことん、カッコ良かった!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)