
「逃げたっ!」
ピットに声が響く。鎌倉涼が先マイし、遠藤エミの差し、平山智加の二番差しが届いていないことがモニターに映し出された瞬間だ。声の主を確認して、驚いた。金田幸子と魚谷香織だったのだ。2人は、装着場から対岸のビジョンを見ていた。そして鎌倉が逃げた瞬間に声をあげた。
金田は勝浦真帆を応援していたんじゃないの? 魚谷は渡邉優美では? もちろんその通りだろう。彼女たちが同支部の後輩に思いを託していたのは間違いない。しかし、後輩が勝てないのならば、1号艇の鎌倉に……。おそらくはそういうことだったはずだ。つまり、金田も魚谷も鎌倉の優勝を、自分たちの後輩の次に応援していた。そう推測したとき、鎌倉涼が他支部の選手たちにも愛されているであろうことが伝わってきた。

勝った選手は出走ピットに凱旋することになっていて、テレビ中継のカメラなどもそこで待ち構えている。ゴールしたあと、そこに駆け下りていったのはまず大阪支部。さらに近畿地区の選手たち。香川素子の姿もそこにあった。
ちょっと待ってくれ。香川は惜しくも2着に敗れた遠藤エミを出迎えなければならないのではないか。その通り、香川は戻ってきた鎌倉におめでとうと声を掛けると、すぐさまボートリフトへと駆け出している。香川もまた、後輩である遠藤の3連覇を願いながら、鎌倉が勝った瞬間、声を掛けずにいられなかったのだ。

鎌倉が陸に上がってインタビューを受けているとき、川野芽唯と深川麻奈美が駆けつけている。渡邉優美のエンジン吊りをいったん終えたあと、矢も楯もたまらずに飛んできたのだろう。彼女たちは100期生。鎌倉の同期である。やはり渡邉のGⅠ初制覇を祈りつつも、同期のタイトル獲得にも思いを至らせていただろう。そう考えると、嗚呼、平高奈菜の不在が改めて残念なわけだが、川野も深川も鎌倉を祝福せずにいられないのは当然だ。



先に水神祭について触れてしまおう。鎌倉はGⅠ初優勝だから、当然、すべての行事が終わったあとに水神祭が行なわれている。落合直子、関野文、高憧四季の大阪勢はもちろん参加だ。鎌倉がピットに戻って来たときにはすでにサンダル履き、飛び込む気マンマン(笑)。それだけではなかった。同地区でもある今井美亜もサンダル履きで、彼女はカナヅチだからカポックを着込んでいる(笑)。藤堂里香もいるぞ。地元静岡の長嶋万記、刑部亜里紗もサンダルだ。ん? 守屋美穂? 支部も地区も違うんですけど。なんとまあ、支部も地区も超えて、鎌倉も含めて総勢9名がドボン! 今節最多ドボン記録だ。飛び込まなかった選手の中にも他支部、他地区の面々の顔がある。準V、つまり鎌倉に敗れたということで水神祭には参加しなかった、遠藤エミも離れたところで見つめている。

鎌倉涼はこんなにも多くの選手に愛されている! 支部も地区も関係ないのだ。だから、レース後も水神祭ももう、まさしくお祭り騒ぎなのである。鎌倉の人柄もあるだろう。早くから第一線で活躍しながら、産休や子育てもあって、ここまで苦労してきたことを見てきたということもあるだろうか。当然、いつかはタイトルを獲るだろう。そう思われてきた選手である。今日、ついにタイトルに手が届いた。そのことが、本当に多くの選手を興奮させたのだ。そう、ほんと、みんな興奮気味だったよなあ。見ていてこっちのテンションも上がるくらいに。
で、その輪のなかで鎌倉自身は、ただただ嬉しそうに微笑み、笑顔を返しているのである。鎌倉自身にはむしろ興奮は見えない。歓喜しているのは明らかでも、それが弾けているようにはまるで見えないのだ。
その様子を微笑ましそうに見つめていた寺田千恵が「涼ちゃん、ワーッてなるタイプじゃないもん」と、どこか嬉しそうに呟いていた。テラッチも勝浦の健闘を見守りつつ、鎌倉を祝福する気持ちになっていたようだ。そして、テラッチの言うとおり、最後まで興奮するようなところはほとんど見えなかった。なにしろ、鎌倉を出迎えたとき、関野文は号泣していたのである。しかし鎌倉には涙も見えなかった。水神祭で投げ込まれたときにはさすがにはしゃぎ気味だったけど。

きっと、それが鎌倉の強みなのだろうな、と思った次第だ。今日はレース直前以外はほとんど緊張していなかったというが(落合たちは緊張していたそうです)、そうしたメンタルコントロールに長けている、そんなふうにも思える。それが、GⅠ優勝戦1号艇という局面でも、鎌倉に我を見失わせなかった。僕はそんなふうに見立てている。これで女子賞金ランクも4位に浮上。久々に年末決戦に駒を進めてくるときになるだろう。大晦日、もし1号艇になったとしても、鎌倉はきっと自然体で戦うのではないか。歓喜の輪のなかで柔らかな笑顔を浮かべる鎌倉を見ながら、僕はそう期待したのだった。
とにもかくにも、鎌倉涼、おめでとう! 会見では「獲れる選手ではないと思った」と謙遜していたが、いやいや、15年前のレディースチャンピオンで平成生まれ初のGⅠ優出と騒がれたときから、いつかこの日が来ると思っていました。これを期に、さらに勲章を重ねていってください!

敗者で印象に残ったのは平山智加のカタい表情だ。他の3人は、準Vの遠藤も含めてわりとサバサバしているように見えたが、平山だけは様子が違った。もちろん、敗れた悔恨はあっただろう。ただそれは、この優勝戦の敗戦のみではないように思う。準優を逃げていれば……。スタート後手がなかったら……。どうしたって昨日にさかのぼって、悔しさは増幅してしまうと思う。準優後の深川麻奈美もそうだった。ひとつの敗戦は、時に点に留まらずに線となって襲い掛かってくる。それがボートレースだ。この悔恨を味わった平山が、どう逆襲するのか。この秋以降年末に向けて、大きな焦点になったと思う。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)