どうしてもこの人たちに偏ってしまうわけだが、ご容赦いただきたい。やはり、今節の主役として芦屋に乗り込んできた2人だからだ。
まずは平本真之だ。前半の記事で、「進入から思い切りいきます」と言っていたと記した。
インコースだった。7R、5号艇の平本は、なりふり構わずインを奪いにいった。これが、平本の悔いを残さないやり方だった。だが……。気合が空転したとは書きたくない。
勝負をかけてのその踏み込みを、どうして否定できようか。あれだけ気持ちが伝わってくるレースをしたことが否定されるべきもののはずがない。
痛恨すぎるフライング。絶対に優勝と心に刻んで臨んだ最後の新鋭王座は、こんなかたちで終わってしまった。
レース後はもちろん顔を歪ませている。 だが、それよりも印象的だったのは、さらにそのあと。8Rが目前に迫ったころ、平本は11Rの準備のため、作業をしている。
それを終えて控室に戻る際、10mも離れているところにいたこちらにあえて視線を向けた。それに気づいて平本と目を合わせると、平本は小さくうなずいて、そのまま控室へと消えていった。
「やってしまいました」なのか。
それとも「悔いはありません」なのか。
その後、なぜかうまくタイミングが合わずに平本とは話ができずじまいになってしまったので、実際のところはよくわからない。ただ、僕の感覚としては、後者のニュアンスに近いように感じた
。平本の顔がやけにスッキリしているように見えたから。胸を焦がす思いがないわけはないが、しかし平本は平本なりにこの新鋭王座への意気込みにカタをつけたのではなかったか。
とりあえずあと2日、戦いは残っている。ここで格上らしさを自然体で魅せてほしいと思う。
西山貴浩は、前半の沈痛な雰囲気とはまるで異なる姿を見せていた。結果的に、1着だったら予選を突破していた8R。西山は渾身のまくり差しで攻めたものの届かず、道中抜かれて3着に敗れている。
ボートリフトに乗る手前でヘルメットを脱いだ西山は、苦笑いを浮かべながらもさっぱりした表情。リフトが上昇を始めると、操縦席に立ち上がって、叫んだ。
「卒業しまーすっ!」
前半と違って、これには福岡勢も笑顔で返せる。西山はニッシーニャを前面に出して、大声を出して周囲の空気を和やかにしていた。
いったん控室に戻った西山が、着替えてピットに戻ってくると、肩からは開会式のときにも使っていた「祝卒業」のタスキがかけられていた。たまたま控室への出入り口で出会い頭に顔を合わせると、にこりと笑って「卒業しますっ!」。
そのままあちこちを歩き回っては、みなを笑わせていた。その姿を見た前田将太もニヤリ。
さらに、エンジン吊りに向かう際にはそのタスキを横川聖志に押し付けたり、9R1着の丹下将に無理やりそのタスキをかけたりと大はしゃぎ。完全に、いつものニッシーニャなのであった。
だが、僕はそれを、悔しさの裏返しと見た。その姿は、僕には半ばやけくそのように映ったからだ。もちろん、予選突破に成功していても、西山はニッシーニャになっていただろう。はしゃいだことには変わりがなかったはずである。だが、きっとその雰囲気は違ったものになっていたはずなのだ。悔しさを吹っ切ったのではない。吹っ切れないからこそ、西山はあえてはしゃいだのだと僕は思う。
控室に消えていこうとした西山は、喫煙所にいた上野真之介の姿に気づいた。
「残った?」
「残りました」
「かぁーっ! 面白くもねえ!」
上野はおかしそうに笑っていたし、もちろん西山流のジョークでもあるが、そこには間違いなく本音がこもっていたと思う。だから僕は、明るくふるまう西山にせつなさばかりを感じてしまったのだった。
予選最終日が悲喜こもごもとなるのはいつものこと。だから、別に珍しい光景でもなんともない。だが、新鋭王座は少しだけ違う。平本も西山も主役であったと同時に、これが最後の新鋭王座なのだ。卒業。それはやはり大きなキーワードだし、勝負駆けのゆくえにせつないスパイスを振りかけたりする。
もっとも痛々しく見えたのは、平本と同期の若林将だろうか。
12R、3着で予選突破という条件だったが、1マークでのもつれも影響してか、6着に大敗してしまう。
12Rで、18位以内から陥落したのは若林のみ。彼の新鋭王座も終わった。 レース後の動きは、前半の西山と同じものだった。エンジン吊りは後輩に託し、いち早く控室へと帰っていく。仲間の輪から離れた若林は、一瞬だけ前を向いて肩で大きく息をすると、視線を下に向けて、うつむいたまま控室への長い道のりをとぼとぼと歩いた。
カポック脱ぎ場でヘルメットをとると、硬直した表情があらわれる。やるせなく勝負服とカポックを脱ぐ仕草が、実に物悲しい。
後からそこにやって来た他の選手に声をかけられても、若林は軽く会釈する程度。後輩の永田秀二に声をかけられて、ようやく笑みも見えたが、それは長くは続いていなかった。
その後方で里岡右貴が笑っていた。里岡は予選17位でなんとか準優に滑り込んだのだ。里岡は相当に苦しい立場だと思っていたようで(一時は次点にいた)、報道陣に予選突破を知らされ、思わず笑みが浮かぶ。それにしても、里岡の人のよさそうな笑顔、いいなあ。
一昨年の7月、岡崎恭裕の笹川賞優勝祝賀会に出席したら、廊下でいきなり声をかけられ
、「福岡の里岡右貴です。よろしくお願いします」
と頭を下げられたこともあったっけ。申し訳ないことに、当時は里岡の顔を知らず、名前を告げられて誰かを知った次第。
そんな好漢・里岡が、声を弾ませて報道陣の質問に応え、笑顔を見せている。こちらまで嬉しくなってきたぞ。
若林と里岡は同期である。だが二人はまるで違った、最後の新鋭王座勝負駆けを終えることとなってしまった。卒業期は全員が予選突破できればいいのになあ、なんて詮無いことをふと思ってしまったり。
だが、きっとこの明暗がまた、彼らに次の舞台での飛躍を約束する。新鋭王座をトップへの登竜門というのなら、このせつなさもまた同じような意味で、新鋭王座決定戦らしさなのである。
(PHOTO/中尾茂幸=若林、里岡 池上一摩=平本、西山 TEXT/黒須田)