1Rで6着に敗れた池田紫乃の表情が冴えない。
当たり前ではあるが、憤懣やるかたない、
といった雰囲気で、ひとつ溜め息をついた。
着替えを終えた池田は、池田浩美とともに
装着場にあらわれている。いや、実を言えば、
遠目に見ていたため、浩美かどうか
100%確信はもてないのだが、
ちょうど視線の先にあった係留所に池田明美のボートがあり、
そこに明美らしき選手の姿があったので、
浩美で間違いないと思われる。
なお、浩美と紫乃を見間違えることは100%ない。当たり前か。
浩美は、紫乃のボートの真後ろにしゃがみ込み、
モーターの下部をじっと見つめていた。
数十秒ほどもそうしていて、次に隣のボート、
さらに隣のボートの同じ個所を数秒見つめる。
そしてふたたび紫乃のボートの真後ろにしゃがみ込む。
どうやら、紫乃がモーターの取り付けに
問題がないのかどうかのアドバイスを浩美に求めていたようだった。
モーターボートというのは実に繊細なもので、
ちょっとしたことでモーターのパワーは減殺されてしまう。
モーターとボートにだって相性があって、
ほんの数ミリあるいは1ミリ以下の違いが、
モーターを生かしも殺しもするのである。
ここまでまったく振るわない結果しか残せていない紫乃は、
本体やプロペラ以外の部分にも原因を求めようとしたのだろう。
そこで浩美が駆り出されたという次第である。
2Rが終わった直後、山下友貴が長嶋万記に声をかけた。
山下は、左手をプロペラの翼に見立てた感じで開き、
右手で掌を指さしたりしながら、
長嶋に問いかけるようなしぐさを見せていた。
長嶋はふんふんとうなずきながら耳を傾け、
一言二言、言葉を返す。そして二人は、
何とも息の合った組体操のように、
踵を返して駆け出して、身長差があるので
正確な表現ではないかもしれないが、
肩を並べて走り去っていった。
どうもでいいことだけど、藤崎マーケットを
思い出させる動きでした。
二人はそのままペラ室に向かい、
長嶋のアドバイスが始まっている。
山下が疑問点を長嶋に質問し、
長嶋がそれに応えている格好だ。
池田コンビにせよ、静岡コンビにせよ、
彼女たちは決して手の内を隠そうとはしない。
仲間意識の強い関係性だからということもあるが、
すべてをさらけ出し合ったうえで、
もし水面で顔を合わせれば真っ向から剣を交えあうのである。
もちろん、手の内を明かすことなく、
ライバルを倒そうとするのもプロの姿勢。
だが、水の上では徹頭徹尾、
個人競技であるボートレースにおいては、
陸の上ではこうした絆も結ばれることがある。
いずれにしても、レースのレベルを引き上げ、
エキサイティングなものにすることには違いなく、
それは観戦者として歓迎すべきこと。紫乃にしても山下にしても、
仲間や先輩のアドバイスでパワーアップに成功すれば、
レースを見るうえでも、また舟券を買う際にも楽しみが増すからだ。
そう、選手たちのパワーアップへの執念は、
もちろん自身の勝利のためでもありながら、
レースをさらに面白くさせるためのものにもなっている。
整備室には日高逸子と宇野弥生。二人の成績は似通っていて、
ともに初戦は舟券に絡めない敗戦だったが、
その後は2着1着と尻上がりに着順を上げている。
調子は上向きのはずなのだ。
だが、日高も宇野も満足などしていない。
次の戦いをどう切り抜け、ファンにアピールするかを考えて、
徹底的に整備する。宇野は今日は12R1回乗り。
たっぷりと用意された時間をフルに使い、
やれることはすべてやってやろうという心づもりだ。
それが自分をステージアップさせ、
ファンを興奮させることになるわけだ。
もちろんヤヨラーとして名高いU記者をも興奮させるだろう。
で、そんなことを考えてボーッとしていたら、
目の前で守屋美穂と浜田亜理沙がすれ違った。
先にレースに出走する(2R)守屋に浜田が声をかけると、
守屋はニコッ。浜田もニッコリ笑顔を返す。
初々しい! かわいい! プリティ!
とオッサンはこっそり興奮した次第でありました。
今節のGⅠ未勝利はこの2人だけ。
水神祭を果たすことができれば、
ファンはきっと興奮することだろう。
前半レースではかなわなかったが、
残りのレースでなんとしても1着を!
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=宇野、浜田 TEXT/黒須田)