BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――英治一色

 

 

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 俺はこんなにも白井英治が好きだったのか、と思った。

 白井がまくった瞬間、完全に我を忘れた。ここがピットだということも一瞬忘れた。隣で見ていた高尾晶子さんが感涙をこぼし始めて、それでかえって冷静になれたけれども、もし一人で見ていたらちょっとヤバかったと思う。

 いちばん感動していたのは、たぶん今村豊だ。白井が敬愛する偉大すぎる師匠。今村は真っ先に係留所に駆け下りて白井に拍手を送り、それから白井のモーター以上の超抜の伸び足でボートリフトへと向かっている。山口剛がおかしそうに「今村さん、めっちゃ泣いてる!」と笑う。そう、今村の目には涙が光っていた。リフトを降りてピットに凱旋した白井に、今村は矢も盾もたまらずに飛びついた。長い長い抱擁。白井は背が高いから、まるで今村がぶら下がっているように見える抱擁だ。いつまでも白井の首を離そうとしない師匠に、白井の顔も湿り気を帯びていった。

 

 いやあ、ヤバかった。そこでいったん僕は、我に返る。そうだ、取材しなきゃ。しかし皆様、本当に申し訳ありません。敗者の後を追いながら、普段なら自然と彼らに肩入れしていくのに、僕は自分に「取材、取材」と言い聞かさなければならなかった。白井英治が気になって仕方なかったのだ。だから、満足に取材できたか自信がない。申し訳ありません。

 

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 もちろん、まずは谷村一哉を探した。顔面蒼白、に見えた。スタートタイミング=コンマ07。谷村は何も失敗していない、と言っていいだろう。だが、やはり敗戦は敗戦。谷村は悔しさをまったく隠そうとしていなかった。地上波放送のインタビューを待つ白井のそばを通っても、先輩に声をかける余裕もなさそう。初めてのSG優勝戦、健闘したと言えるだろうが、本人はそうとは少しも思えないものだろう。

 

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 その次に悔しそうだったのは、池田浩二だ。顔が露骨に不機嫌に見えた。オーシャンカップでも優出し、敗れている池田。しかし、そのときとは明らかに表情が違ったように思う。今となって想像するとしたら、仕上がりの違いか。5号艇でも、今回は本気で狙える足だったのだと思う。

 

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 三角哲男も悔しそうだったな。モーター返納の作業に向かうとき、どんな会話の流れかはわからなかったが、「ガッハッハ」と笑っている。ところが、そばについていた石渡鉄兵も齊藤仁も、まったく笑っていなかったのだ。むしろ、三角の笑いに戸惑っているようにも見えた。ということは、やはり三角も悔しがっていたのだ。6号艇だろうと19年ぶりだろうと、やはり本気で狙っていたのである。

 

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 寺田祥はクールに見えたが、その胸の内は正直わからない。僕のなかでは、寺田はいつもクールに見えるからだ。3カド選択は素晴らしかった。本気で勝とうという、本気で白井と谷村を潰そうという、勝負師の決意の発露だった。それが充実感をもたらしたのか、ただただ悔恨だけをもたらしたのか、ちょっと見て取ることはできなかった。いつもなら、もっと表情を追っかけるのに。申し訳ない。

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 それは辻栄蔵も同様。やはりサバサバとしているようには見えた。だが、以前のSG優勝戦では、敗戦後にももっと明るく振舞っていたような記憶がある。だとするなら……である。敗者のなかでもっとも悔しいのは、勝利にもっとも近づいた者である。ひとりは1号艇を手にした谷村一哉であり、もうひとりは準Vの辻栄蔵。それが普通だと思う。

 

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 ああ、そこで僕はやっぱり白井英治に戻ってしまったのだった。

 地上波インタビューを待つ間に、白井と目が合った。白井はニヤリと笑って、ピースサイン。ガッツポーズで返すと、得意げにニヤリ。ああ、そこでまた僕はヤバいことになる。

 インタビューが終わると、白井は表彰式へと向かっている。そこまで、白井はついに涙は見せていない。表彰式をご覧になった方はご存知のとおり、メダル授与式でも単独の表彰式でも、時に言葉に詰まったり、感極まった表情を見せたりはしたが、最後まで涙をこぼすことはなかった。

 それは、実は想像していたことだった。白井は勝っても泣かないだろうな。正確に言えば、涙がこみ上げてもグッとこらえて、涙を見せることはないだろうな。なぜなら、それが白井英治だからである。想像通りだから、こっちがヤバい。たぶん、僕は絶対に涙目だったと思う。

 

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 というわけで、さあ行こう、水神祭! そう、当然これがあるのである。ピットに残ったのはもちろん山口支部、谷村応援団の82期、池田応援団の愛知支部など。彼らが白井をボートリフトに導いて、漆黒の水面に白井を投げ込んでいる。「あぁ、水呑んだ!」と大笑いしながら、ズブ濡れで陸に上がってきた白井。結局、最後まで白井は、少なくとも我々の前では、涙を見せなかったわけである。

 控室の手前、白井と目が合った。自然と歩み寄り握手を交わす。おめでとう、ありがとう、そんなやり取りのなかで、白井はいつまでも笑顔だった。僕のほうがいちばんヤバかったのはこのときだ。たぶん、僕はちょっとだけ泣いていた。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)

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