BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――「特別」ということ

 11R締切15分前くらいだっただろうか。白井英治がプロペラ室を飛び出す姿が目に入った。
 白井がギリペラ!?
 たぶん、と断わっておくのだが、でもほぼ確実に、そんな白井英治を初めて見た。
 10Rのエンジン吊りが終わって、11Rの展示が走っている頃に係留所に下りていき、展示が終わって11R組が出走ピットに収まると、自艇を展示ピットに移す。そして、悠然と控室へと戻っていく。優勝戦の白井英治はそういう動きが常だ。優勝戦でなくとも、10Rや11Rを別の数字に変えれば、どのレースでも同じだ。白井のギリペラははっきりと、異常事態である。

 いや、それは「特別」といったほうがいいのだろう。激しい雪が降り、気温もぐっと下がった今日。早くから調整を始めていたが、なかなかプロペラを合わせることができなかったという。そこで白井は、この程度でという妥協をまったくしなかったのだ。普段はやらないことをやってでも、最後まで合わせようともがいた。それは白井にとって、今日という日のための特別な動きだったのである。そしてその結果、「レースではばっちり合ってましたね」。
 特別な思いを抱き、特別な行動も辞さずに、特別なレースを戦った。白井英治の勝因は、きっとそれだ。

 レースは2着争いが激しくなった。これぞグランプリ。最高レベルにある者たちが、特別な思いを抱いて最高の技術をぶつけ合う。結果、馬場貴也が2着となった。馬場は昼特訓や10R発売中の特訓で、前付けの意思を示している。全艇に抵抗されて入ることはできなかったが、動く気はマンマンだったのだ。しかし、結局は6コースに引いて枠なり3対3。「いろいろ考えた」と馬場はレース後に言った。「でも、僕のレースをしようと考えたら、ターン勝負だと思いました」と続けた。馬場は最後に腹をくくったのである。
 たしかに勝利には届かなかった。しかし、馬場のターン技術の粋が見事なまでに表現され切って、準Vとなった。今年はあと2週間もあるのでまだ決着ではない(というか、白井が年末年始開催を走るので……)のだが、今日の時点ではこの準Vで賞金トップを守った(最後は抜かれる可能性があるが……)。それは馬場が特別な思いのなかで腹をくくり、彼のスペシャルなターンを繰り出したからだと僕は思う。

 いいレースができたと思います。馬場は最後にそう言った。間違いない。いいレースだった! 勝てなかったことは悔しいが、それは馬場貴也らしいレースだったのだ! 黄金のヘルメットには届かなかったし、今節は悔しい思いもしたけれども、馬場が魅せたのは間違いなく輝かしい戦いだった。

 初のSG制覇となった14年メモリアルでは感慨に浸り、涙をこらえていたようなところがあった。2度目のSG制覇だった18年グラチャンでは号泣した。では、初のグランプリ制覇ではどうだったか。
 これがまた最高に爽快な笑顔だった! 仲間に笑顔を振りまき、関係者に笑顔を振りまき、ひたすら歓喜をあらわしていた白井。

 ひとつ自慢話を書きます。ウィニングランで白井がかぶっていた「全国制覇」と書かれたキャップは、谷村一哉が持参して写真撮影時に白井にかぶせたのだが、撮影を終えた白井は僕とすれ違いざまに僕の頭ににやけながらポンと置いたのである。それからすぐに囲み会見が始まったのだが、僕はキャップをかぶりながら会見を聞いていたのだった。会見が終わるとウィニングランへ。白井はまたまたにやけながら僕の頭からキャップをとって、自分の頭に乗せてウィニングランに向かったのだった。ようするに、なんともゴキゲンだったというわけなのだが、あのキャップ、直前までワタクシがかぶっていたのでありますよ! 今年の賞金王とのキャップリレー、光栄です!

 そんななかで、一瞬だけ神妙になったのは、会見で師匠の今村豊さんの話を振られたときだった。その後の表彰式に今村さんがあらわれ、やはり感慨深い表情になったのはご覧いただいた方も多かろう。「最高の恩返しができた」と言った白井にとって、今村豊という存在はどこまでいっても最高に特別なものなのである。今日、今村さんがテレビのゲストで来場していたことは知っていただろう。師匠の前でのグランプリ制覇は、彼のレーサー人生における最大のハイライトとなったはずである。

 ただし、そのハイライトはあくまで現時点での、だ。白井は「また獲りたくなったね」と言って爽やかに笑ったのだが、それを有言実行としなくてはならない。今日がひとつの到達点なら、次の到達点をまた作って、そこに向かって驀進するだけだ。
 おめでとう、白井英治。そして、これからも強い白井英治を見せてくれ。たくさんたくさん、そのスペシャルな笑顔で、ボートファンを魅了してください。おめでとう!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)