8Rで湯川浩司が勝利すると、エンジン吊りにやってきた松井繁は、湯川を迎えながら、ニコリ。
あったかい人だなあ。
一瞬の笑みの中からもそれが伝わってきた。
ここまで湯川は、5着、転覆、6着。
苦しんでいるところを間近で見ていただけに自分のことのようにホッとしたのだろう。松井という人の本質は、実はこんなところにある気がする。
このときの湯川の顔は見られなかったが、ずいぶん時間が経ったあとにピットを歩いていたときは、それまでとまったく変わらない厳しい表情をしていた。
この1勝くらいで胸をなで下ろしてはいられないのだろう。それが湯川という男だ。
そもそも17号機は今井美亜が1月のバトルトーナメントを制したモーターであり、大きな期待をかけられた評判機だ。前検で実際に乗ってみて「そうでもない」とは感じたようだが、ここまでの苦戦を強いられるとは思っていなかったのではないだろうか。
8Rのあと、遠藤エミと滝川真由子がピンクの試運転用カポックでピットから発進していったが、水面にはずいぶんピンクが目立った。
名前が確認できたところでいえば、中野次郎、柳沢一、池永太らがそうだ。明日が文字通りの勝負駆けになる選手も、予選突破は厳しくなってきた選手も、そうやって水面を駆け続けているのはいかにもSG3日目らしい。
しばらくしたあと、中野次郎の話に柳沢と滝川が聞き入っているところが見かけられた。午前中には「寺っち塾」を目にしていたが、こちらは「次郎塾」といったところか。どちらの塾でも滝川は、熱心な生徒になっていた。
9R。1号艇の川野芽唯が敗れたレースでは石田政吾と寺田千恵の2番手争いが激しいものになったが(結果は石田が2着で寺田が3着。1着は5号艇の田村隆信)、レース後に石田は寺田に対して、「すみません、すみません」と何度もペコペコ。
そうされた寺田は「ああ~」。いいの、いいの、ハグハグしてあげるとばかりに、両手で両肩をパンパン。
本当に気持ちのいいノーサイドの光景だった。
今日の午後には、スタート練習のスリット写真の前に立って、長い時間をかけてメモを取っている中島孝平の姿を2度ほど見かけた。
スリット写真には、気温、水温、風速などが書かれているが、情報はその程度しかない。そのすべてをメモに取り、自分なりの分析をしているのだろう。石田の一本気なところが石川人らしさなら、こうした勤勉な姿勢は福井人らしさか。
常に自分のスタイルを崩さない中島にはいつもながら感心するしかない。そういえば、今日着ていたジャンパーの背中には曼荼羅図のようなものが描かれていた。中島は、いかにもそのジャンパーが似合う求道者だ。
その直後、自分の荷物をピットの片隅に置いた峰竜太が、何か声をあげたかと思うと、いきなり駆けだした。装着場の端から端までなので、およそ50メートルダッシュだ。
その理由がなんだったかといえば、滝川が明日のレースのためのゼッケンナンバー配りをしているのを遠目で確認し、それを手伝おうとしたのだ。滝川の抱えていたゼッケンナンバーの半分ほどを預かり、峰もそれを当該ボートに着けていく。
峰竜太。やっぱり気持ちのいい男である。
(PHOTO/中尾茂幸&池上一摩 TEXT/内池)