●10R●
勝ち上がりを果たした田村隆信は、実に明るかった。SG復帰戦で、いきなりの優出。それも準優1着だ。田村は久々にSGで爽快な気分を堪能したに違いない。
田村といえば、鳴門オーシャンカップの勝負駆け。この優出でグラチャンの権利を得た。グラチャンで優勝すれば、オーシャンの権利を得られる。地元SGへの道をひとつ、残したことになる。おっと、グラチャンの権利はまだ真の意味では得ていない。「SG優勝戦完走」が条件だから、明日は無事にゴールしなければならない。そこで本当に勝負駆けの道筋がつながるのだ。
では、明日の田村は完走だけを考えて走るのか。そんなわけがない。逆だ。田村は明日、優勝することだけを考えて戦う。
「先のことを考えても仕方ないですからね。オーシャンのことは明日は頭から消します。それに、明日勝って、グランプリに出られたほうが胸を張れますもんね」
次にいつ巡ってくるかわからない地元鳴門SGにはもちろん出たい。だが、思いの質に違いはあれど、グランプリも同じくらいの比重で出たいレースだ。言うまでもなく、SGタイトルはいつだって何だって欲しい。獲りたい。田村はまず、その思いだけで明日の12Rを走る。
その田村を、三嶌誠司が祝福していた。自身は惜しくも3着に敗れて優出を逃したが、同じ四国地区の仲間である。素直におめでとうという言葉が口を突くのは当然のことだ。
だが次の瞬間、三嶌は右手を振り上げて「クッソー」と言った。2着の目は確かにあったわけだから、これもまた本音中の本音だ。田村に祝福の声をかけた瞬間、こちらの本音もまた一気に持ち上がってきたか。誠実な人柄と、とことん勝利にこだわる勝負師の本能。その両方がわずか1秒ほどの間にドバッと表出された瞬間だった。
2着の深川真二は、これはもう苦笑いするのみだった。プロペラの回転を押さえたのが裏目に出たようだ。レースの時間帯、空気は少し冷たくなり始めていた。それによって回転が上がるようになって、ゾーンを外れたようだ。「昨日のままでよかったかな」。ことほどさように、ペラ調整は難しい。
それでも、優出の安堵はあったようで、後輩の峰竜太とは笑顔で語り合っている。深川と別れた峰が言った。「真二さんが載れたんだから、僕も乗りたいな~」。ぜひ優勝戦の舞台で真っ向勝負をしたい。そんな思いが峰にこみ上げてくる、深川の雰囲気だったわけである。
●11R●
さまざまな波乱がひとつのレースにここまで詰め込まれるものだろうか。
まずは今垣光太郎のフライングだ。本人も早いと感じていたのだろう、今垣は上体を起こしながらのスリット通過となっている。元選手の解説者の方々が、同情する。「あれはなかなか放り切れないんだよなあ」。他の5艇が全員ゼロ台。その全員がやはり早いと感じて放っているようだが、インの選手にとって、外から覗いてくる艇に対して無防備でいるわけにはいかない。それがインの責任感だし、また勝負師の本能だろう。その気持ちがわからぬ者が強い選手になれるはずがないと思う。
とはいえ、フライングを切ったことに対する呵責の念も、その責任感からまた湧き上がるもの。当然、これが即“敗退”となることへの悔しさもある。向こう4つのSGに出られなくなることに対しての後悔もあるだろう。自分を責め、施行者ら関係者への罪悪感を最大限に感じ、ただただ落胆する。今垣のレース後は、表現のしようもないほどに、痛々しかった。思わずオーシャンカップの準優敗退後を思い出してしまったほどだ。あのときと落胆の質はまるで違うが、落胆の量はそれほど変わらないように見えた。
2周2マークで起きたのは、2番手を走っていた笠原亮の転覆だ。内から伸びてきた毒島誠が逆転を懸けて突進気味に旋回、これがボートの左サイドがやや浮いた部分に接触した。まるでボートをすくい上げるように。笠原の艇は、当たり前のようにひっくり返った。毒島は妨害失格をとられている。幸いにも、笠原は大きなケガなく、ピットに戻っている。陸に上がった毒島は、表情を失くしながら笠原のもとへ直行。直立不動で深々と頭を下げた。それに対して笠原もまた、会釈を返す。言葉を発したわけではなかったが、その態度が「気にしないで」と言っていた。
当たり前だが、笠原は悔しい。低調機を駆りながら必死にもがいて、優出の目が見えた。そこに、結果的に妨害とジャッジされる接触があり、すべてが水の泡となった。誰が想像したって、笠原の無念は理解できる。同時に、笠原は自身の走りも省みている。あの2マーク、自分が落とし過ぎたのではなかったか。それが毒島のターンとは、言ってみれば“息が合わなかった”。何が正解とは言い切れないものの、こうして己と向き合える者は絶対的に強い。
これにより、2番手に浮上したのは守田俊介だ。守田にしてみれば、逃げたはずの今垣が離脱し、前を走っていた笠原と毒島も消えた格好だ。「今日は何よりも運がよかった。ツキは僕がいちばんあるんじゃないですかね」。そんな言葉が出るのもよくわかる。
一方、決まり手は恵まれといっても、中野次郎は手応えある1着だろう。結局、ピストンリングは元に戻したようだ。しかし、朝も書いたが、いったん新品リングに変えて試してみるという、その行為自体が気合のあらわれだし、気持ちの充実度なのだ。おそらく次郎は明日も、何をするのかはわからないけれども、同じ心持で一日を過ごし、レースに臨むだろう。いったいどんな動きを明日見せてくれるのか、それがとても楽しみになった。
●12R●
11Rとは一転、超抜・坪井康晴と王者・松井繁の順当決着。前のレースとの比較もあって、レース後はとにかく淡々と見えるのである。あえて言うなら、地元で優出を果たせなかった角谷健吾。アカクミのスポンジを、どこかうつろな表情でぎゅーっと絞る様子が、実にやるせなかった。
坪井の言葉で印象に残ったのは、「スタートは全速で行く必要がない」だ。坪井の足はすべてがまとまっていて上位、というもの。出足も行き足も伸びも回り足もスリット付近の足も、どこかに偏って突出しているわけではないものの、何でもかんでもがいいわけだ。つまり、スタートで伸びてこられる心配もない。
思い出すのは09年グランプリ。優勝戦で坪井はやはり1号艇だった。このときの2号艇は瓜生正義で、行き足がとにかく抜群だった。それを意識して「スタートは全速で行かねば」との思いが強かったのか、坪井はスタートを溜めに溜め、その結果やや遅れ気味のスタートとなり、やはり伸びてきた瓜生に抵抗して大競り、大敗している。あの失敗は、今も坪井の記憶にこびりついている。
明日はその過去にとらわれる必要がまったくない、ということである。レース後の坪井はなんとも自然体、明日もまた自然体でいられるのだろう。なんだかもう、無敵のような気がしてくるのだが、いかがだろう。
それにしても、王者はやっぱり王者だ。節間通して、悪くはないけど、すごくいいわけでもない、と松井の足を見ていた。他に目を引かれる選手はゴマンといた。しかし結果、優勝戦ピットにいるのは松井である。唸るしかない。
「それでもまだ“平和島は苦手”って書かれるからね~」
平和島SGは6度目の優出だそうである。その実績を見れば、むしろ得意と言われておかしくない。しかし、王者は勝たねば苦手と言われる。昨年12月の周年Vが平和島記念初Vなのだから、王者の実績があればこそ、その意外な事実とともに苦手と書かれるのである。それが宿命とも言える。
明日勝てば、もう誰もそれを書かなくなる。そんなもののために走る松井ではないが、しかし「終わってみれば……」なんてことがあっても不思議ではないのが王者である。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)