それぞれがしっかりと準備し、優勝戦に臨んだ。特に松本晶恵だ。クイーンズクライマックス優勝戦もそうだったが、ギリギリまでプロペラ調整を粘った。その頃、ピットにはほぼ人影がなかった。報道陣もその時間帯にはほぼ無人だった。プロペラ室を覗けば、もちろん松本ただ一人。選手の姿は松本以外、まったく視界にはいなかった。松本は、本当にギリギリの時間まで調整を続け、係留所まで全力疾走で駆け下り、プロペラを装着する。展示ピットにボートを移動して係留すると、また全力疾走で待機室へ。なんとも慌ただしい時間となっていた。松本はそこまでして、仕上げにこだわったのである。
しかし、松本をはじめ、他の選手たちの思いは実らなかった。山川美由紀、問答無用の逃げ切り！ スタートを決め、まくらせも差させもせず、外の勝ち筋をすべて潰してしまうほどの強い逃げ切り。「海野さんにまくられるなら仕方ないと思っていた」と会見で語っていた山川だが、たしかに最大の脅威となりそうな海野の３コースまくりは、不発どころかまくりにさえならなかった。松本の差しも及ばず。スタートを踏み込めなかったダッシュ艇たちは、1000％のターンをしたとしても山川には届きようがなかった。
威風堂々の逃げ切りに、水面際で祈りながら応援していた谷川里江、岸恵子が静かに拍手する。目の前の２マークを山川が先頭で回るまで拍手は続き、二人はその後、穏やかにレースを注視し続けた。山川が先頭ゴールを果たし、ピットに戻ってくると、二人が弾けた。バンザイ！ それを目の当たりにした山川は、ガッツポーズを返す。ヘルメットのシールドに隠れて見えなかったが、きっと最高のスマイルを浮かべていただろう。
山川はピットに戻ると、テレビのインタビュー、ウイニングランと“勝者の行事”に流れていった。その間に戻ってきた他の５選手だが、これが驚くほどに淡々とした様子。その心中は様々だったかもしれないが、その雰囲気は「あれだけ完璧に逃げられたら言葉もない」というものに感じられた。山川が力で彼女たちを黙らせたのだ、と。
ただ一人、少しだけ違うものを感じたとするなら、やはり海野ゆかりということになる。海野も悔しさをあらわにしていたわけではなかったが、モーター洗浄の間に角ひとみと言葉を交わしている際の表情は、なんとも複雑なもののように見えた。
その表情のまま、海野が突如、水面に向かって手を振り出した。何事かと思い、手を振った方向を見ると、対岸のビジョンにウイニングランが映っていて、山川がスタンドに向けて手を振っている場面だった。もちろん、ビジョンにいくら手を振っても山川には届かない。そのうち、海野はいきなり駆け出して、どこかに消えてしまった。山川がウイニングランからちょうど戻ってくるタイミング。それを察した海野は、山川を祝福しに走ったのだ。山川は、「海野さんが２着で嬉しかった」と言っている。海野も、山川に逃げられたなら、という思いがあっただろう。だから、素直に山川先輩を祝福できる。そういう思いは必ずある。だが、栄えある第１回の開催が地元だったことを考えれば、やはり複雑な思いになっていたはずだ。そうしてレース後の作業をこなしていく海野には、強者だけが持ちうる“色気”がたしかにあった。
会見で山川は「今節はずっとリラックスしてきたが、今日は緊張した」と言っている。優勝戦１号艇というのは、山川をも緊張させる。思えば、山川が制した３度のレディースチャンピオンの枠番は６、４、４。ＧⅠ四国地区選の優勝も６枠。すべて外枠。スゴすぎである。そんな山川が、緊張に打ち勝って１号艇でタイトルを手にした。これは、山川物語の新章のはじまり、といったら考えすぎだろうか。年齢のことを言ったら失礼になるが、こんなにも強い50歳の女性が他にいるとは思えない。だから、ますます強い山川美由紀をずっと見続けたいという思いに駆られるのである。この優勝でもちろん女子賞金ランクはトップ。少なくともこの2017年、暮れまで女子戦線をリードしてくれるはずである。（ＰＨＯＴＯ／中尾茂幸 池上一摩 黒須田 ＴＥＸＴ／黒須田）
