●残念無念、レディースの偉業、ならず
10Ｒ小野生奈、12Ｒ松本晶恵。ともに惜しかった！
特に小野は、１マーク差して逃げた前田将太に舳先がわずかに届くほどまで迫っている。こじ入れ切れなかったが、２番手は安泰と見え、３人目のＳＧ女子優出は現実のものとなったように見えた。しかし、王者がさすがだった。小野は艇界最高峰の男の技の洗礼を受けたかたちで後退。昨年のオーシャンカップに続いて、２番手から捌かれて優出ならず、となってしまった。
逃した魚は大きい、というが、それを全身で感じていたはずの小野は、微笑を浮かべつつも、その微笑が微妙に引きつっていた。レース後は当然のように報道陣に囲まれ、丁寧に応えてはいたが、その心中は察して余りある。いやあ、本当に残念！
12Ｒは、装着場で女子勢が並んで観戦。松本がバックで２番手争いに加わったのを確認した瞬間、仲間たちは一斉に歓声をあげている。態勢は有利にも見え、声援にはさらに力がこもったのだが……外に構えていた峰竜太が握った瞬間に溜息が漏れた。
松本はヘルメットをかぶったままボート洗浄の作業を行ない、着替えると走って控室へと消えたので、その表情ははっきりとは見えなかった。少なくとも笑顔は見ていない、という程度。今はただ、この経験はデカい、と言うほかない。限られた女子選手しか経験できない戦いに飛び込めたのだから、まずはそれをプライドとしてもらいたい。
●悔しい！ 嬉しい！
２着で優出を決めた選手の様子は、対照的な部分があった。まず、吉川元浩は「悔しい」。地元ＳＧの優出に、安堵の思いはあるかもしれないが、１号艇で勝てなかったのが痛い。「ターンマークに寄り過ぎてしまった」と１マークで差された原因も把握できているだけに、なお悔しいわけである。
一方、平本真之は「信じられない」。地上波中継のインタビューを終えて、最後にカポック脱ぎ場にやって来た平本は、開口一番「イェーイッ！」。もともとの足色が優出を現実的にとらえられるものでなかったばかりか、本番でも「自分だけ置いて行かれるような感じ」と明らかに下がると感じられたから、優出は僥倖と感じられるものだったのだ。
そんな両者の感覚が、優勝戦にどう反映、影響するのかは、まあわからない。ただ、吉川がこの敗戦で闘志をさらに高めるのなら、平本が劣勢なパワーだからということで思い切り開き直れるなら、それはポジティブな要素になりうるであろう。
もうひとりの２着、新田雄史はわずかながらテンションを上げたように見えたのだが、どうだろう。３日目のあの出来事から悪くなった流れをここで断ち切った。それも、バックでは４番手という位置から、２マークで逆転して優出をもぎ取った。「僕に出番があるなら、松井さんが内に行ってくれるしかないと思って、思い切り外に構えました」との読みがドンピシャとハマるかたちで。あの出来事がなければ、もっと内の枠で、まったく違うかたちで優出を目指していた。現実は、今垣光太郎の前付けがある４号艇という決して有利ではないポジションながら、最終的にツキは自分に向いた。すべてが、とはいかないだろうが、鬱憤は晴らされたし、溜飲も下げられたはずだ。というわけで、この優出までの一連の流れを思えば、怖い存在だと思うのだがどうか。
●ピース！
整備室から駆け出てきた白井英治が、そのまま駆け足で僕の前を通過するとき、ニッコニコ顔でピースサインを向けてきた。ゴキゲン！ 会心の差しだったのだろう。ここまでのピット記事で、ぼんやりと白井の雰囲気がいいようなことを書いた記憶があるが、それは本格的に雰囲気がいいというところまで昇華されたようだ。
10Ｒ後に出発した帰宿バスの１便で今村師匠は帰っていたため、手薄になった白井のエンジン吊りには王者が参加している。松井がにこやかに一声かけると、白井も目を細めて言葉を返す。これはなかなかレアなシーン。白井にとっても、格別な瞬間だったと思う。
今節はオール３連対だが、予選では１着なし。この準優が節間初勝利だった。これは白井のイメージと違うというか、ニュータイプの白井を見ているような気さえしてくるものだ。そして、レース後の「ピース！」も、彼の人柄からして別に特別に意外というわけでもないけど、今まであまり見せたことのない表情ではあった。それが優勝戦にどうつながるか、といえば、まあわからないんだけど、ちょっと期待感を覚えさせてくれるものではある。
●サイコーです！
記者会見中、何度かそう繰り返した前田将太である。ＳＧ優出について問われると、シンプルにそう語った。それも力強く。しかも目元に笑みをたたえて。嬉しそうだ！
前田はびわこＧⅡから中０日で尼崎にやって来た。前田曰く、これがプラスに働いている、という。たとえば体重。前田は近況、やや重めの体重でレース場に入り、節中にしっかり減量している。びわこも、53.4kgで入って最終日に51.6kgに落とした。中０日ということは、その体重のまま、オールスター入りできたのである。今節は体重をキープすればいい。それもあって体調も万全。また、荒れ気味だったびわこ水面を走った後に、プール水面の尼崎。めちゃくちゃ乗りやすいそうだ。野球でいえば、マスコットバットで素振りした後に普通のバットで打席に立つようなものか。休みなしでしんどくもあるだろうが、結果がついてくればそんなものは吹っ飛ぶ。
白井とは逆に整備室へと駆けていく途中の前田とすれ違った。「前田将太30歳、頑張りました！」。前田将太が30歳かあ。前田の２回目の優勝に立ち会っている。ＢＯＡＴＢｏｙカップだったのだ。2010年２月。あれから８年、ということは、当時22歳か（調べたら、誕生日前で21歳！）。上瀧和則らをぶち抜いたまくり差しに、この若者はきっと強くなると確信した。あっという間に30歳。30代はさらに早いぞ～、と言ってあげたい気もしたが、前田が30代の10年を過ごしたときには私は還暦なので、やめておこう。とにかく、そろそろ結果を出していい時期だ！
●！ ！ ！
中島孝平が12Ｒをきっちり逃げ切った。というか、完勝である。ほぼ横一線で２マークに突入した２番手争いを、完全にぶっちぎっていたのだ。文字通りの「優勝に王手」である。
とにかく、足がよさそうだ。「問題なくいい」「全部の足に◎がつく」「足は間違いない」「足には何も問題がない」「10全速で行けたら、間違いないと思う」「（仮に前付けがあっても）どこからでも連れてってくれる足だと思うので、信じてます」。ようするに中島自身、節イチであることを認めているわけである。
で、とりあえず言葉を羅列したわけだが、表現的には正確ではないかもしれない。実際には、すべての語尾に「！」がつくのだ。そう、中島はやけに力強く、すべての言葉を言い切った。大きな声で。中島孝平って、こうだったっけ？
それを自分に言い聞かせているようにも聞こえた、というのはうがち過ぎだろうか。中島は今日も、「もっと緊張するかと思ったが大丈夫だった」と付け加えたうえで、フワフワしているとも証言する。予選トップの準優１号艇とは、そういうものだろう。そして、優勝戦１号艇もそういうもののはず（もっとキツいかも!?）。そんな不安を打ち消すような大声と断言だった……というのはやっぱりうがち過ぎ？
ともかく、中島の最大の敵は自分、という月並みなところに落ち着くのだと思う。その戦いは、ともすれば今晩から始まったりもするだろう。まあ、それにノックアウトされるような男とも思えないのだが、どうか。（ＰＨＯＴＯ／中尾茂幸 池上一摩 ＴＥＸＴ／黒須田）
