投票が締め切られて、装着場の端っこのほう、2マークを目の前にした場所には、選手たちが次々とやってきた。レースを生で見るなら、一番の場所。ここまでは笠原亮など一部の選手だけがここでレースを眺めたが、さすがに優勝戦は残っていた選手のほとんどがここにいたように思われた。
そんななか、ひとり遅れてやってきたのは原田幸哉。口笛を吹きながら、涼しい顔で歩いてきた。……どう見ても緊張しまくっている!(笑)口笛は明らかに、緊張を紛らすためのものだろう。レース後の会見で愛弟子も「僕より緊張してましたよ。なんかソワソワしてましたもん」と証言。ハッキリ言って、原田がここまで緊張しているのは、彼自身が優出したときなども含めて、見たことがない。
選手たちの輪に入ると、原田は両手を組んで祈り始めた。スタートが早く見えたこともあり、スリットを過ぎても祈りは続いた。「スタート正常出てくれ、スタート正常出てくれ、って」(原田)。スタート正常は、出た! その瞬間、原田は渾身のガッツポーズ! 正直1マークはあまりよく覚えていないというが、愛弟子はバックで先頭を走っている。ついにやってくれた! 原田の笑顔が一気に弾けた。
柳沢一、SG初優勝! デビュー19年2カ月、柳沢はついにタイトルホルダーになったのだ。86期からも初のSGウィナー誕生。1期上が1期上だけに、いろいろ言われたこともあるだろうし、いろいろ思うところもあっただろう(86期の主任教官は現在多摩川勤務で、レース後、感極まった表情を見せていた。なにしろワンツー決着だし)。感慨深い優勝であるのは間違いない、はずだ。
しかし、柳沢はいたって淡々としているのだから、すごいというか何というか。カメラマンの写真撮影タイムでも、たくさんのレンズを向けながら冷静に対応していて、それを見た池田浩二が「ハジメちゃん、笑え!」とヤジを飛ばしたほどだ。原田によると、「プライベートでも同じですよ。このあとも奥さんに電話して、「優勝した」ってさらっというだけだと思いますよ」。なんとも珍しいタイプのヒーローが誕生したものだ。
スタートタイミングはコンマ01。それを聞いてもさらりと「早かったですね」と返すのみ。普通は苦笑いのひとつも出そうなものだが、柳沢はそうはならないのである。もしかしたら、柳沢は鉄のハートを持っているのか。
「緊張は今日“も”しました。いつも緊張はします。どう対処するか? しょうがないなって。お仕事ですから」
緊張するのが仕事のうち。それはレーサーとしてのひとつの哲学であろう。そして、やはりそれは強い気持ちがなければ遂行し切れないものだと思う。これまでは正直、SG戦線では目立った存在とは言えなかった柳沢だが、これをきっかけに大きく飛躍するだけの資質はきっと備わっている。なにより、他の86期もこれで黙ってはいないだろうし、さらに刺激し合って“遅れてきた銀河系軍団”になることだって考えられる(A1級で活躍する選手は実は多い期なのだ)。
そんな柳沢を大盛り上がりで出迎える原田、池田ら愛知勢(あ、幸哉は長崎支部か、今は)。みなの笑顔が止まらないなかで、やっぱり控えめな笑顔の柳沢。本当に面白いヒーローが誕生したものだ。
敗者についても。上瀧和則選手会長にねぎらいの言葉をかけられた太田和美は「獲ったかと思った」と苦笑いを見せた。バックでいったん舳先がかかっていたから、そう考えても当然だ。それでも、モーター格納の間もサバサバしている様子で、レース後もまた泰然自若。この安定感も太田の強さの一端なのだと思った。
萩原秀人は、同期の柳沢と握手! 萩原もレース後はわりと淡々としていたんだよなあ。それでも同期ワンツーを決められたことは、自分が獲れなかった悔しさももちろんあるとして、喜ばしい出来事だったと言えるだろう。
徳増秀樹、坪井康晴はただただ苦笑い。ただ、モーター格納を終えて控室に戻る際には、ちらりと悔しげな表情を見せた。6コーススロー発進だった徳増は、坪井がスタートで後手を踏んだこともあって攻め入る動きは見せた。クラシック優勝戦の後悔を、今回は感じずに済んだだろうか。逆に坪井は同様の悔いを残したか。
SG初優出の木下翔太は、やや疲労感を漂わせながらあがってきている。外野から見ると、その姿も含めて、いい経験をしたな、と思わせられる姿だった。今後は何度もこの舞台を走らねばならない男。今日得たものが、木下翔太という花をさらに開かせることだろう。
さあ、SG初優勝が出たのだから、もちろん水神祭です! 師匠は、柳沢が優勝したら一緒に飛び込むと昨日、約束した。表彰式からの凱旋を待つ原田は……もうサンダル履いてるじゃん! 早くも飛び込む気マンマンである。後輩の平本真之も同様。あ、同期の中野次郎もだ。池田浩二は着替えちゃってるなあ。池田が飛び込むのも見たかったぞ。
水神祭には、スーツ姿の松井繁も参戦。ほとんどSGウィナーじゃないか。ウルトラマンスタイルで持ち上げられ、せーのでドボン。柳沢に続いて、サンダルを脱いだ3人も次々と飛び込んでいった。そして王者は、池田の背中を押すフリしてビビらせていた(笑)。
笑顔満開の水神祭。柳沢一、おめでとうございます! グランプリという舞台でどんな振る舞いを見せてくれるのか、本当に楽しみだ!(PHOTO/池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)