11Ｒ同様、１マークから出口にかけての時点で、ピットには大きな歓声が起こっている。ただ、こちらは11Ｒとは少し性質が違っていた。それはどちらかといえば驚愕の声だった。
今井美亜の鋭すぎるまくり差し！ ほんの少し航跡がずれていたら接触していたのではないかと思えるほど狭い隙間を、一気に突き抜けていったシーンは、見ているこちらも声が出てしまうほどの鮮烈さだった。
今井が完全に先頭に立つと、今度は11Ｒのときに似た嬌声が巻き起こる。美亜ちゃんがやった！ そうしてピットは一気に祝祭のムードが広がり、今井が先頭でゴールした瞬間にさらに濃密になった。
ボートリフトでも、11Ｒと似た光景が繰り広げられる。誰もが今井に手を振り、声をかけ、笑顔を向ける。今井は仲間たちに頭を下げてこたえ、ヘルメットの奥では笑顔を見せた（そこは11Ｒとは違っていた・笑）。
それにしても、だ。トライアルを前検から見ていて、今井が優勝することをどうして想像できるだろう。足は劣勢だという本人のコメント。それを裏付けるかのように、レースギリギリまで続けられる必死の調整。優勝戦で３号艇を得たこと自体がすでに立派なもので、遠藤エミが１号艇にすわる優勝戦を突き抜けられるとは正直、まるで思っていなかった。
それはレース直前でも、だ。今日もまた、今井はギリギリのギリギリまでプロペラを調整している。その前にはギアケース調整もした。スタート特訓で明らかに劣勢と感じ、イチかバチかで整備したのだ。プロペラも思い切り叩き変えたという。それは調整がギリギリになるわけだ。なにしろ展示から戻った今井は、急いで整備室に向かっている。プロペラゲージを片付けるヒマがなく、使いっぱなしのまま展示を走らざるをえなかったのだ。実はそのとき、すでにレースを終えた佐々木裕美ら３～４人ほどが代わりに片付けを始めていた。今井は申し訳なさそうにその輪に入るのだが、佐々木たちは笑顔で今井を気遣った。レース後に仲間たちに向かって頭を下げていたのは、そのことに対するお礼の意味もあったそうである。
果たしてその超ギリペラが実った優勝なのか、というとそれはよくわからない。あのまくり差しは足色だけで説明ができない、タイミングと判断と決意と旋回力がパーフェクトに噛み合ったものだからだ。ただ言えるのは、その姿勢は「諦めずに勝つことを望む」ものであり、それが１マークでの挙動にもつながったのではないか、ということだ。
今井自身、今回は優勝できるとは思っていなかったという。それはもちろん舟足が弱かったから。それでも優勝戦はもちろんトライアルも含めて、「レースでは勝ちにいった」と今井は語る。それがたとえばトライアル初戦の握りっぱなしのまくり差しにつながったのだろうし（２着）、昨日のコンマ02の踏み込みでの逃げ切りにつながったのだろう。
握りっぱなし。コンマ02の踏み込み（今日も03だ）。ギリペラ。正直勝利は厳しいかもしれないが、しかし勝つためにどうするかを突き詰めて今井がとった戦略といえる。だから、ペラ調整が当たったとかはむしろどうでもよく、今井のレーサーとしてのスタンスがもたらした勝利、ということは言えまいか。
まあ、いろいろ能書き垂れましたが、ともかく美亜ちゃんはすごかった！ あの衝撃的なまくり差しを見たら、僕と同じように美亜ちゃんを買えなかった人たちだって称えるしかないだろう。それは選手仲間も同様。優勝戦をともに戦った者も、だ。１号艇で獲れなかった遠藤エミは、上瀧和則選手会長にねぎらわれると衒いなく悔し気に顔をゆがめた。この結果に対しては悔恨しかない。当然だ。
しかし、一方で遠藤と今井は盟友とでもいうべき存在。レディースチャンピオンでお揃いの服を着てレース場入りするのは恒例だし、ピットでもアドバイスを送り合ってもいる。そんな今井がＧⅠを初優勝したことは、遠藤にとっても素直にうれしいことだった。自分の敗戦をちょっと横っちょに置いておけば、感動的な出来事である。勝利者インタビューなどを終えた今井を出迎えた遠藤は涙。遠藤から買っていた人は違和感を覚えるかもしれないが、しかし今日は許されたい。お互いが真剣勝負を戦った結果、盟友が勝者と敗者に分かたれ、勝者はついにタイトルを手にした瞬間だったのだ。僕もちょっとグッときました。なお、同じく４着に敗れた香川素子も今井を祝福。「ミアポンおめでとう」と声をかけていた。ミアポンって呼んでるのか。
寺田千恵、大山千広、守屋美穂は、今井と絡む瞬間は見ていない。ビッグの勝者はあちこち連れまわされる運命なので、仕方ない。それぞれがレース直後は疲労感いっぱいの表情を見せ、しかし今年の最後の戦いが終わった解放感もあるのか、モーター返納が終わるころには笑顔も見えたりしていた。ただ一人、最後に整備室から出てきた守屋は緑色のハンカチで鼻のあたりをおさえ、神妙な表情でうつむきながら控室に戻っている。断定は避けるが、スタートでのぞいて勝ち筋があったはずが攻めきれなかった守屋は、遠藤と同じくらいの大きな大きな悔恨を背負った選手だと思う。
というわけで、今日は水神祭２発目！ 今井美亜、ＧⅠ初優勝おめでとう！
表彰式や記者会見を経て、すっかり暗くなった徳山水面。しかし仲間たちはヒロインを待っていた。カポックを着て（笑）。今井がやっとピットに戻ったときにはもう着てるんだもの、気が早い。もちろん遠藤エミ、香川素子。さらに茶谷桜。近畿勢だ。樋口由加里まで！ 岡山支部がレース場を後にするのを目撃しており、でも誰か足りないなと思っていたのだが、そうか、ひときわ小柄な樋口さんでしたか！ このために残っていたのだ。
というわけで、今井が真っ先に投げられるとお約束の仲間もドボン。「さむーーーーーいっ！」の声が水面に響いて、徳山の宵闇にクイーンと仲間たちの笑顔が咲いたのだった。とにかく風邪ひかないように！ そして、令和２年もセンセーショナルなレースをたくさん見せてくださいね、美亜ちゃん！ おめでとう！（ＰＨＯＴＯ／中尾茂幸 池上一摩 ＴＥＸＴ／黒須田）
